6月の府中競馬場は「祭りのあと」

毎年、安田記念が終わると私は腑抜け状態になる。5週連続のG1に酔いしれ、3歳馬たちの1年がオークス、日本ダービーで一区切りがつくと、「終わった感」満載になってしまうのだ。翌週から函館開催が始まることもあって、気分は既に夏競馬。府中、阪神の開催がまだ3週間残り、阪神の最終週に宝塚記念が控えているとはいえ、府中競馬場では祭りの後のようなムードが漂う。G1デーでは4レースが終わると超満員になる、「馬そば深大寺」の券売機の列も、極端に減少する。

 とはいえ、6月の各週のメインレースも面白いレースが多い。エプソムカップは数少ない1800mの重賞レース。2024年に開催時期が移動してしまったが、3週目にあったユニコーンステークスは3歳ダート界の頂点を決めるレースで注目度も高い。ただ、レース観戦ムードは、G1レースとはまた違ったものになってしまう。

私は、6月の重賞レースの中で、阪神の3週目に実施されるマーメイドステークスがお気に入りである。梅雨入り後のタイミングで実施されるため、雨での開催が多い牝馬の重賞レースだが、毎年面白いメンバーが出走し、楽しみにしている。1996年にスタートしたマーメイドステークスは、一貫して6月の開催時に施行され、歴代の優勝馬に思い入れのある馬たちが多くいる。2001年にはトウカイテイオー産駒タイキポーラが、4番人気で優勝。父トウカイテイオーにとって、初重賞制覇となる。産駒の初重賞制覇と言えば、2006年のソリッドプラチナムも9番人気ながら優勝。ステイゴールド産駒の初重賞制覇となると同時に、大種牡馬としての第一歩を踏み出す起点となるレースにもなった。

 マーメイドステークスはG3の重賞レースである。2006年にヴィクトリアマイルが始まり、マーメイドステークスはハンデ重賞になったものの、2005年までは別定戦で行われていた。2005年の第10回まではG1馬の出走も多く、強い勝ち方で秋へのステップにしていた。エアグルーヴ、エリモエクセル、ダイワルシェーロのオークス馬、エリザベス女王杯優勝のアドマイヤグルーヴが優勝馬として名を刻む。優勝は逃したがテイエムオーシャン、トゥザヴィクトリーのG1馬も2着に入っている。

 ハンデ重賞になってからも2013年に桜花賞馬マルセリーナが優勝、2015年にはマリアライトが2着に入り、秋に大輪の花を咲かす。マーメイドステークスは、牝馬たちが秋に向けてG1を狙うための重要なステップレースであることは、今も昔も変わらない。

マーメイドステークスに再起をかけたエアグルーヴ

1997年、第2回マーメイドステークスを制したエアグルーヴ。エアグルーヴにとって、名馬の道を駆けあがるための、ターニングポイントになったレースだと私は思う。

4歳時(現3歳)のエアグルーヴはアクシデント続きの一年だった。阪神3歳牝馬ステークスで逃げ切りを許したビワハイジに、4歳初戦のチューリップ賞では5馬身差をつけて優勝。この時点で「桜花賞はエアグルーヴで決まり!」のムードが流れ始め、この年の牝馬三冠は、エアグルーヴ中心に回って行くものと思われていた。ところが、桜花賞の最終調整中に熱発。桜花賞への出走断念と共に、牝馬三冠への夢は早くも消え去った。

 オークスには間に合い、早めに抜け出したエアグルーヴは、桜花賞馬ファイトガリバーの追い込みを封じて優勝。桜花賞に出ていれば…と悔やまれる強さで、オークス母娘制覇を成し遂げた。

夏を休養したエアグルーヴは、ステップレースをパスし秋華賞へぶっつけで出走する。1996年より4歳牝馬の三冠目のレースとして制定された秋華賞。パドック周回では、イレ込みが目立ったものの、単勝1.7倍の支持を受けるエアグルーヴ。どんな勝ち方で第1回秋華賞を制覇するのか…と、注目が集まった。スタートから3コーナーまでは理想的なポジションで進んだエアグルーヴ。ところが4コーナーへ向かう時点で急に手ごたえが悪くなり、武豊騎手が鞭を入れる姿が映し出される。直線に入ってもズルズルと後退し、エアグルーヴにとって生涯唯一の着外(10着)に敗れた。

 後日、右前脚の骨折が発表され、予定された古馬牝馬との初対決、エリザベス女王杯も断念。無念の長期休養に入った。

エアグルーヴが再びターフに姿を見せたのが、8か月後のマーメイドステークス。秋華賞時のパドックで見せた、激しいイレ込みも無く落ち着いて周回している。単勝1.9倍の圧倒的な人気を背負い、5連勝中のシングライクトークとの一騎打ちムードが漂う。前日の雨で馬場は稍重、ファンファーレと共に、エアグルーヴは最初にゲートに誘導された。

 スタートと同時に、鞍上の武豊騎手は、比較的馬場の良い外に進路を取って一周目のゴール板を通過する。エイシンサンサンを先頭に、13頭の隊列はゆったりとしたペースで向正面に向かう。シングライクトークはエイシンサンサンを見る位置に付け、エアグルーヴは中段の外を回って追走している。3コーナーを回るとシングライクトークが仕掛け、2番手に上がる。それを見たエアグルーヴが追撃を開始。4コーナーから直線の入り口では、大外のエアグルーヴから4〜5頭が先頭に並んだ状態で先頭集団を形成、直線に入る。

 直線で先に仕掛けたのはシングライクトーク。内の馬場の悪いところを走っていたファッションショーを一気に置き去りにして先頭に立つ。先頭集団のかなり外を回っていたエアグルーヴは、武豊騎手の鞭で追撃を開始する。シングライクトークに照準を合わせたエアグルーヴは、あっと言う間に並びかけ、しばらく並走した後、武豊騎手が手綱を持ったまま抜き去って先頭に立つ。

「やはりオークス馬、エアグルーヴは強い!」

 2頭が並走するその後ろは、更に4馬身5馬身と差が開き、エアグルーヴの強さだけが目立つフィニッシュとなった。

エアグルーヴの快進撃始まる!

 マーメイドステークスで復活したエアグルーヴは、このレースを機に、名馬への道を歩み始める。

 2か月後に出走した札幌記念は、エリモシックを2馬身1/2で下し、その末脚に磨きがかかる。直線入り口で好位につけ末脚を爆発させる、エアグルーヴの「勝利の方程式」が確立され、名勝負の秋を迎えることとなった。

 究極の仕上がりに見えた天皇賞(秋)のエアグルーヴ。1番人気は前年の天皇賞(秋)の優勝馬バブルガムフェローに譲ったものの、皐月賞馬ジェニュインを含めた三つ巴の様相を呈した。

スタートと同時に4歳馬サイレンススズカが飛び出す。瞬く間にイナズマタカオ―以下を5馬身離し、3コーナーを回る頃には10馬身以上の差をつけていた。バブルガムフェローは離れた三番手、更にその後方から外エアグルーヴ、内ジェニュインが追走する。

 4コーナーを回ってもサイレンススズカは粘っている。武豊騎手はエアグルーヴを外に出し、定位置の好位付けでサイレンススズカの脚色を伺う。ここで先に仕掛けたのがバブルガムフェロー、エアグルーヴの内から先頭に立とうとする。それを待っていたかのように武豊騎手がエアグルーヴにGOサインを送った。バブルガムフェローを交わし、弾けたように先頭に立つエアグルーヴ。追いすがるバブルガムフェロー。残り200m時点では2頭のマッチレースとなり、サイレンススズカを置き去りにしていく。首の上げ下げのデットヒートはゴール前まで続き、エアグルーヴはバブルガムフェローに追いつかれることは無く、クビ差を保ってゴール板を駆け抜けた。3着に追い込んだジェニュインとは、5馬身の差がついていた。

1980年プリティキャスト以来、17年ぶりの牝馬の優勝。秋の天皇賞が2000mになって以降、初めての牝馬の優勝となる。「女傑・エアグルーヴ」誕生の瞬間だった。

続くジャパンカップも、エアグルーヴは「勝利の方程式」に徹したレースを展開する。直線入り口で先頭集団につけたエアグルーヴは、外から伸びてくるバブルガムフェローを見ながら先頭に立つ。残り200m、脚色はエアグルーヴが勝り、このまま押し切るかに見えた。しかし、内から伸びて来たピルサドスキーが一完歩ずつエアグルーヴに迫り、交わす。ゴール前もう一度エアグルーヴが詰め寄るが、クビ差まで詰めたところがゴールとなった。

             

エアグルーヴは、秋3戦目となる有馬記念にも出走し、シルクジャスティス、マーベラスサンデーに次いでアタマ、クビ差の3着に入線。1997年のレースを終えた。

休養明けのマーメイドステークス快勝を皮切りに、重賞3連勝で天皇賞(秋)まで制覇したエアグルーヴ。彼女は、牝馬では26年ぶりとなるこの年の年度代表馬に選定された。

エアグルーヴにとってマーメイドステークスは、間違いなく彼女のレースキャリアにおけるターニングポイントとなったはずだ。

エアグルーヴとマーメイドステークスとのかかわりは続く

エアグルーヴとマーメイドステークスは、彼女の引退後も、そのかかわりが続いている。

 2000年にサンデーサイレンスとの間に生まれた初仔のアドマイヤグルーヴは、3歳時にエリザベス女王杯を制した。4歳になった2004年、産經大阪杯、金鯱賞で凡走したものの、3戦目にマーメイドステークスを選択し優勝している。アドマイヤグルーヴは、その年の秋、天皇賞(秋)3着を経て、エリザベス女王杯連覇を果たした。

更にエアグルーヴとマーメイドステークスのかかわりは続く。2008年にディープインパクトとの間に生まれた9番仔グルヴェイグも、2012年のマーメイドステークスを制している。また、2023年のマーメイドステークス優勝馬ビッグリボンは、父がルーラーシップ。ルーラーシップはエアグルーヴの息子である。

      

エアグルーヴとマーメイドステークスの不思議な縁。この先もエアグルーヴの血を受け継いだ牝馬たちが、マーメイドステークスを制覇するかもしれない。

Photo by I.Natsume

著者:夏目 伊知郎