昨年2022年からスイス・ジュネーブで始まった、時計というアイテムの魅力を全世界に発信する唯一無二・世界最大の高級時計の祭典「WATCHES & WONDRES GENEVA(ウォッチズ・アンド・ワンダーズ ジュネーブ 以下WWG)」。現地取材でブランド別に注目の新作を時計ジャーナリストの視点で紹介する連載。今回はカルティエ編をお届けする。

●「迷いのない」真摯な時計作り

 カルティエは今、もっとも真摯に時計作りに取り組んでいる時計ブランドのひとつであり、新作はどれも見逃せない。フェア初日の3月27日のプレゼンテーションから2カ月が経った今、改めてそう思う。

 例年そうだが、今年2023年の新作も実に多彩で充実していた。

「ベニュワール アロンジェ」「クラッシュ [アン] リミテッド」「ラ パンテール」「タンク」ジュエリーウォッチなど、最高峰の職人技が凝縮されたハイジュエリー&アートウォッチ。

 そして「サントス デュモン」スケルトンウォッチ、「パシャ ドゥ カルティエ」のような、時計愛好家も絶賛を惜しまない複雑時計、さらに「サントス デュモン」や「サントス ドゥ カルティエ」「タンク フランセーズ」のようなシンプルウォッチまで。

 メンズ&レディスを問わず、どれもカルティエの素晴らしいアーカイブ(過去の製品)に基づいた、カルティエにしか作れないモデルだ。

●ひとつひとつに「物語」がある

 カルティエは今、時計コレクターから、時計について特別なこだわりなどない普通の女性まで、あらゆる人に向けて、ひとつひとつにカルティエというメゾンの歴史が秘められた、魅力的なストーリーのあるモデルを届けている。

 お世辞ではなく、「これも、これも素晴らしいな」という新作ばかり。もしいくらでもお金が使えるのであれば、時計コレクター向けのコレクション「カルティエ プリヴェ」の時計はぜひ購入したいモデルばかりだ。

 その中でも今年、特に素晴らしい、乗り物好きのVAGUEの読者の皆さんにぜひその存在を知ってほしいのが「サントス デュモン」スケルトンウォッチだ。

●伝説の飛行機が文字盤の中を「旋回」

 製品名の「サントス デュモン」は、航空黎明期の19世紀末から20世紀初頭にかけてフランス・パリで活躍したブラジル出身の発明家で飛行家のアルベルト・サントス=デュモンのこと。

 彼はヨーロッパで初めて飛行船と飛行機を製作し、飛行に成功した“空のパイオニア”として知られている。そして彼と親交のあったカルティエの3代目当主ルイ・カルティエは、1904年に彼に飛行用の腕時計を提供した。

 これが現在の「サントス」の原型であり、その歴史を踏まえて生まれたスケルトンウォッチだ。

 本モデルのいちばんの魅力は、スケルトンムーブメントの1/4以上を占める“マイクロローター式の自動巻きローター”。何とそのローターの上に、彼が開発して操縦し、ヨーロッパで1907年に制作された飛行機「ドゥモワゼル」号がローターの上にセットされ、ローターと一緒に回転する。

 そのために、カルティエは専用のムーブメントを開発した。

 この「本気の遊び心」が楽しいし素晴らしい。

●タンクの「原型」を甦らせた1本

 そしてもう1本、時計コレクターを自認する方にオススメしたい新作が、コレクター向けの「カルティエ ブリヴェ」コレクションの「タンク ノルマル」。中でもこのモデルは、ケースとブレスレットがメゾンを象徴するプラチナ製。

 そのうえ、風防まで1917年のオリジナルに近い、ネラルガラスの風防のカーブまで、サファイアクリスタルで実現している。それにこのコレクションではもう1本、新型機械式ムーブメントを搭載した「タンク アメリカン」も見逃せない。

●リニューアルされた「タンク」の絶対定番

「タンク ノルマル」手巻き、Ptケース&ブレスレット、ケースサイズ縦32.6×横25.7㎜。非防水。世界限定100本。価格(消費税込予価)778万8000円 ©2023 Yasuhito Shibuya 2023

 そしてもう1本、ジュネーブのフェアに先駆けて2月発表されたスクエアケースの「タンク フランセーズ」も絶対に見逃せない。このモデルは何と、1996年に登場してから初のリニューアル。「タンク=レザーストラップ」というそれまでの常識を破った、高温多湿な日本でも安心して使えるブレスレットモデル、絶対的定番として愛されてきた。

 だが今回のリニューアルで、ケースと3連のブレスレットが、見た目からはわからないが大きく進化。ブレスレットのコマの隙間をさらに縮めて美しく進化させながら、コマ自体の形状から見直すことで同時にしなやかな装着感を実現している。

●約20年に及ぶ「真摯な取り組み」が結実

「タンク フランセーズ」(ラージモデル) 自動巻き、SSケース&ブレスレット、縦36.7×横30.5㎜、厚さ10.1mm)。日常生活防水。価格は税込88万6000円 CHARLES NEGRE © Cartier

 これ以外にも、どんなシーンにもフィットするSSケース&ブレスレットの「サントス ドゥ カルティエ」や「パシャ ドゥ カルティエ スケルトン」の新作など、オススメしたいモデルはたくさんある。

 この“オールラウンドでの充実した新作”の背景には、ラ・ショー・ド・フォンに2001年に設立された時計ファクトリー「カルティエ マニュファクチュール」に象徴される、カルティエの時計作りに対する「真摯な取り組み」と、2016年に現社長になってからの「歴史的名作を最新の技術で未来に」という時計メゾンとして「迷いのない」戦略がある。

 筆者は2000年代初頭にこのファクトリーを取材してその規模や徹底した品質管理に感銘を受けた。あれから20年あまり。WWG2023を終えたここでは今、定番や新作の製造とともに、次の新作の開発が進んでいるはずだ。来年はどんな新作が登場するのか。まだ早すぎる話だが、今からとても楽しみだ。