2024年もスイス・ジュネーブにて開催された「ウォッチズアンドワンダーズ」において、今年のトレンドを予想。時計ジャーナリストの渋谷ヤスヒトさんに解説してもらいます。

●数は少なめだが、秀作ぞろいの2024年

 去る4月9日から4月15日まで、スイス・ジュネーブの国際見本市会場「パレクスポ」で開催された「ウォッチズ・アンド・ワンダーズ・ジュネーブ 2024」(以下、WWG2024)。

 カルティエやヴァシュロン・コンスタンタン、ヴァン クリーフ&アーペル、ピアジェ、A. ランゲ&ゾーネ、IWC、パネライ、ロジェ・デュブイ、ボーム&メルシエ。

 このフェアの前身ともいえる通称ジュネーブサロン(正式名称:サロン・インターナショナル・オート・オルロジュリ)の中心的存在だったリシュモン傘下のメゾンと、2019年まで世界最大を誇った通称バーゼルフェア(正式名称:バーゼルワールド)の中心的存在だったロレックス、パテック フィリップ、ショパール、シャネル、LVMHグループ傘下のウブロ、ゼニス、タグ・ホイヤー。

 こうした、ふたつのフェアの主な出展社が2020年にひとつに集結。そして2022年からリアルな開催3周年を迎えたこのフェアは、これまでで最も多い54ブランドが出展。

 世界最大で最高峰、唯一無二の時計フェアとしてすっかり定着したといえるだろう。

 そして今年2024年、このフェアで発表された新作時計全般について、世界中から集まった時計バイヤーや時計ジャーナリストの評価は真っ二つだ。

 ひとつは「時計ブランド各社が守りに入ったことを示す、新作の少ない地味な年だった」というもの。

 そしてもうひとつが「数は少ないものの、時計ブランド各社の持ち味を生かした新作が充実していた年」というもの。

 筆者は「数は少ないけれど、本当に良い新作が多かった年」、つまり後者の意見だ。

 カルティエやIWC、パテック フィリップ、シャネルやエルメスやショパール、チューダーやタグ・ホイヤー、グランドセイコーなど、それぞれがメゾンの伝統や独自のスタイルなど“自分たちの持ち味”を大切にして、それを活かした新しい時計を発表していたからだ。

 今年は「なんでこのブランドがこんな時計を?」という新作はひとつもなかった。

 それはブランドの価値がしっかり守られているということで、時計ブランドとその時計を購入する消費者、どちらにとっても幸福なことだと思う。

●“フルゴールド”は、WWG2024の隠れトレンド

 2019年に史上最高の輸出額を達成していたスイスの時計業界にとって、2021年から2023年までの3年間は、予想外の好景気に湧いた。

 コロナ禍の直撃を受けた2020年こそ大きく落ち込んだものの、その後、コロナ禍は意外にも時計業界にとって「強力な追い風」になった。

「これまで時計に興味はなかったけれど、旅行に行けない代わりに、高級時計を購入する人」が世界中で激増した。時計業界に、これまでとは違う「新しいお客様」が登場したのだ。

 その結果、2021年から2023年のスイス時計の海外輸出額は2ケタの成長を果たし、史上最高を更新した。

ロレックス「ディープシー」(希望小売価格:780万6700円)

 そんな中で迎えたWWG2024。その新作には“メゾンの伝統や独自のスタイルなど、自分たちの持ち味を大切にする”という大きなトレンドに加えてもうひとつ「隠れたトレンド」があった。

 それは“フルゴールド”だ。

 金融市場に興味のある方なら今、金の地金価格が史上最高の高値であることはよくご存知だろう。

 金地金の取り扱い業者として有名な田中貴金属工業が発表している2024年4月の金1グラムの平均小売価格は1万1561円。そして昨年2023年の金の平均小売価格は1グラム=8,834円。

 10年前の2013年が1グラム=4,453円。つまり10年間で約2倍に。20年前の2003年の1グラム=1,399円と比較すると、20年間で約6.3倍になっている。

 これほど金が高騰している中、時計の製品価格もこれまでよりずっと高くなってしまうにもかかわらず、ロレックスやチューダー、ヴァシュロン・コンスタンタンを筆頭に、時計ブランド各社はゴールド素材をケースやブレスレットに使った新作を積極的に発表した。

 なかでも圧巻だったのが、ロレックスの最高峰ダイバーズ、3900m防水の「ディープシー」のイエローゴールドモデル、Ref.136668LBだ。

 ケースの直径は44mmで、厚さは17.7mm。重さは何と322gと発表されている。新作のプレゼンテーションで腕に着ける機会を頂いたが、見た目以上のズシリとした重量感に圧倒された。

 価格は780万6700円(希望小売価格)。2022年に発表されたオイスタースチールモデルの価格は273万円なので、2.85倍になる。

 またパテック フィリップはラグジュアリースポーツウォッチの「ノーチラス」や「アクアノート」のケース素材を、SSからゴールド素材に変更したことは、時計愛好家の方ならご存知だろう。

●「資産」「投資対象」に最適なゴールドウォッチ

 なぜ時計ブランド各社は、金価格が市場最高の高値なのに、フルゴールドウォッチを製品化しているのか? 

 その理由は金地金と同様にゴールドウォッチを、高くても「資産として」また「投資対象として」購入する人が世界中で増えているからだ。

ヴァシュロン・コンスタンタン「オーヴァーシーズ クロノグラフ 5520V/210R-B966 42.5 MM ピンクゴールド」(希望小売価格:1135万2000円)

 2000年以降、金価格が上昇を続けているのには、いくつかの理由がある。

 ひとつはスマートフォンやパソコンなど工業分野で使う金の需要が増えていること。

 そして最大の理由は、投資対象として魅力的だからだ。「不変資産」と言われるように、金はそのものに価値がある。

 だから株式や債権と違い資産価値がゼロになるリスクがない。

 また、コロナ禍による金融緩和による低金利と、ロシア・ウクライナ戦争やパレスチナ・イスラエル紛争など国際情勢の緊迫で、株式や債権と比較して金がこれまで以上に投資対象として魅力的なものになった。

 こうした理由で株式や債権を買っていた世界中の投資家たちが投資目的でこぞって金を購入しているからだ。

 フルゴールドウォッチの新作が続々と登場するのも、この「金が資産として買われている」「投資対象になっている」金市場の動向を反映したものだろう。

 保管が難しい金地金(インゴット)と違い、時計ならばいつでも身に着けてどこにでも持ち運ぶことができる。

 また、ゴールドケースの時計をお持ちの方なら日々実感されているだろうが、ゴールド素材には他の素材にはない絶対的な魅力、ステイタス性がある。

 なかでも彫刻加工を施したゴールドケースの時計には、他の素材では望めない高貴な風格があるもの。

 ゴールドウォッチが気になる方はぜひ一度、時計店の店頭でその魅力を感じてみては。