映画『007/ダイ・アナザー・デイ』で、BMWからボンドカーの座をアストンマーティンに奪還した「V12ヴァンキッシュ」が、誕生から20周年を迎えました。世界に絶賛されたデビュー当時を振り返ります。

アストンマーティン「V12ヴァンキッシュ」が生誕20周年を迎える

 英国の偉大な自動車ブランド、アストンマーティンが現在に至る道筋を得るに至らしめた伝説のスーパーカー、「V12ヴァンキッシュ(Vanquish)」が、2021年に記念すべき節目の年を迎えることになった。2001年10月28日が、アストンマーティン・ラゴンダ社による公式のワールドプレミアの日とされている。

 今回は、デビューからちょうど20年後となる今年10月28日、英国ニューポート・パグネルの「アストンマーティン・ワークス」から発信されたリリースをもとに、GT色の強い大排気量スーパーカーのFR回帰路線を確たるものとした、偉大な名作へのリスペクトの想いを表することにしたい。

●アストンマーティンのテクノロジーを一気に塗り替えた意欲作

 2001年のジュネーヴ・ショーにて初公開され、居合わせたギャラリーから熱烈な支持を受けた「V12ヴァンキッシュ」は、現在のゲイドンに居を移す以前はアストンマーティン社の本拠であったバッキンガムシャー州ニューポート・パグネル時代のアストンマーティンによって設計・開発、そして生産されたなかでももっとも洗練され、技術的に高度なニューモデルにほかならなかった。

「ドライブ・バイ・ワイヤ」のスロットル制御や、F1スタイルのギアシフトパドルなどの当時最先端テクノロジーを組み込んだV12ヴァンキッシュは、アストンマーティンのフラッグシップとなるべき運命にあった。

 そして崇高なデザインに加え、並外れたなパワーとパフォーマンスから、デビュー直後から専門メディアからの肯定的なレビューとともに賞賛を得てゆく。

 米国の「モータートレンド」誌は、「アストンマーティンの新しいヴァンキッシュは、史上もっとも見事に設計されたフロントエンジン車のひとつ」と述べたほか、英国の新聞「サンデータイムズ」も、後にヴァンキッシュを「自動車の傑作」と称賛している。

 現在、アストンマーティン・ワークスで社長を務めているポール・スピアーズ氏は、生誕20周年を迎えたV12ヴァンキッシュに、以下のような賛辞を送っている。

「オリジナルのV12ヴァンキッシュは、私たちのブランドにとって重要かつタイムリーな開発能力を表したものでした。アストンマーティンのスポーツカーに期待されるすべてのキャラクターとスタイル、パワーを持つ素晴らしいスーパーGTだったと思います。デビューから20年の時を経て、V12ヴァンキッシュは、ここニューポート・パグネルで祝うべきブランドの遺産のなかでも、もっとも誇り高きモデルのひとつといえるでしょう。それは私たちの歴史のなかでも特別なパートであり、私たちが今なお正しく誇りをもって回想することができるモデルなのです」

ほぼ市販モデルと同じデザインの「プロジェクト・ヴァンテージ」

 V12ヴァンキッシュのストーリーは、実は2001年ジュネーヴ・ショーにおける輝かしいショーデビューの数年前から幕を開けていた。

 そのカギを握るのは、「プロジェクト・ヴァンテージ」というコンセプトカーである。

 1990年代半ばからアストンマーティンによって開発され、1998年のデトロイト・モーターショーで初めて展示された「プロジェクト・ヴァンテージ」は、コンセプトカーを標榜しつつも、生産準備がほぼ整っていることが明白なスーパーカーだった。

 プロジェクト・ヴァンテージは、460psの出力を誇る新設計の6リッターV12エンジンを搭載。F1マシンにインスパイアされた、パドルシフト式ギアボックスが組み合わされた。

 また、当時最先端のアルミニウム・バスタブおよび、カーボンファイバー混成のコンポジットも採用するなど、それまでは1970年代以来の古典的技術を色濃く遺していたアストンマーティンのテクノロジー改革を、高らかにアピールするものだった。

 生産化へのプロセスは迅速に進められ、2000年の秋には「プロジェクト・ヴァンテージ」から多くを継承したプリプロダクション車両(生産型プロトタイプ)が「V12ヴァンキッシュ」の名のもとに、関係者や一部の得意客にシークレットで披露されていたという。

すべてがチャレンジだった「V12ヴァンキッシュ」の最新技術とは?

 リアシートを手荷物スペースと割り切った「2+0」シーターがデフォルト、あるいは、オプションのリアシートを選べば「2+2」レイアウトを選択できることも念頭に置いたボディのデザインをアストンマーティンから委ねられたのは、「トム・ウォーキンショー・レーシング」のデザイン部門「TWRデザイン」社である。

「DB7」のデザインを担当したイアン・カラムが、「V12ヴァンテージ」のスタイリングを担当

●イアン・カラムによるデザイン

 主導したスタイリストはTWRデザインの元代表で、フォード在籍時にはグループBラリーカー「RS200」を手掛けたほか、同じアストンマーティンでは「DB7」の創造主としても知られる現代イギリスを代表する自動車デザイナー、イアン・カラム氏だった。

 後に長らくジャガーのデザイン責任者を務め、クラシックカーにも造詣の深いカラム氏が全精力を傾けたボディスタイリングは、アグレッシヴながらエレガントで古典的。アストンマーティンの血統や遺産、伝統を反映するように形づくられていた。

 また、大胆でダイナミックなアピアランスの一方で、エクステリアとインテリア双方のために、ディテールの随所に至るまで機能を追求していた。

 すべての外部ボディパネルはアルミニウムで構成されるかたわら、フロアと前後バルクヘッドを含むシャシ構造は、カーボンファイバー製のセンタートンネルを中核にボンド接着された押し出しアルミ材のセクションから形成。また、カーボン製のAピラーもセンターセクションに接着され、高強度なセーフティセルを形成した。

 ドライバーとコックピットの直前、フロント側のバルクヘッドに直接ボルト固定されたスチール/アルミニウム/カーボンファイバー混成のサブフレームには、エンジン/トランスミッション、およびフロントサスペンションが据え付けられている。

 そしてルーフにボンネット、トランクリッド、前後フェンダー、ドアを含むすべての外部パネルは、超塑性成型およびプレス成型のアルミニウムから製造。それぞれのボディパネルは、完璧なフィット感と仕上げを確保するために、ニューポート・パグネルにあった旧工場において手作業でセンターセクションに接着されたという。

 ただ、当時のアストンマーティンは古き良きハンドメイドのクルマ作りの技術しか持ち得てなかったことから、これらの新素材で車両を製作するためには北米カリフォルニア州シリコンバレーや、英国ノッティンガム大学の力を借りる必要があったとのことである。

 もともとはフォードV6「デュラテック」エンジンを2基連結したものから始まった、総軽合金製4カムシャフト48バルブV12エンジンは、総排気量5935cc。6500rpmで460psの最高出力と、5000rpmで556Nmの最大トルクを発生させることができ、V12ヴァンキッシュに190mph(約305km/h)の最高速度をもたらしていた。

 同時代の「DB7ヴァンテージ」に搭載されたV12ユニットに対して、新デザインの吸気マニホールドにカムシャフト、バルブギア、クランクシャフト、そして排気系も見直されたことで、約7%のパワーアップに成功したことになる。

 そして組み合わされたトランスミッションは、ステアリングコラムに取り付けられたツインパドルを介して作動する6速シーケンシャルで、ドライブ・バイ・ワイヤ式スロットルにリンクされる仕組みとなっていた。

フロアと前後バルクヘッドを含むシャシ構造は、カーボンファイバー製のセンタートンネルを中核にボンド接着された押し出しアルミ材のセクションから形成

 V12ヴァンキッシュの技術革新はシャシでも展開され、前後とも鍛造アルミ製ウイッシュボーンと鋳造アルミ製アップライトを組み合わせて独立懸架としたサスペンションに、フロント355mm/リア330mmのABSつきブレンボ社製ディスクブレーキを装備。リアアクスルにはコンベンショナルなリミテッド・スリップ・デフと併せて、トラクションコントロールも採用された。

 そしてタイヤは、日本の横浜ゴムと共同で開発された専用品。フロントは255/40ZR19でリアは285/40ZR19とされ、フロント9J-19/リヤ10J-19のアロイホイールが組み合わされる。

 こうして「プロジェクト・ヴァンテージ」から、晴れて生産モデルとなったV12ヴァンキッシュは、1台の生産に約8週間を要するとされた。当時のアストンマーティンおよび親会社だったフォードでは、毎年約300台ペースで数年のシリーズ生産を予期していたという。

 ところが、ふたを開けてみるとV12ヴァンキッシュを求める需要は急増。ウェイティングリストが数年分にも達するにつれて、もっとも多い時期には年間500台に近い生産数を記録するようになる。しかも、のちに登場する「ヴァンキッシュS」など、すべてのバージョンを含めると生産期間は6年間に達し、結果として合計2589台がニューポート・パグネル旧工場をあとにすることになったのだ。