多くの人が靴の「インソール」(中敷き)をご存知かと思うが、その具体的な効果に詳しい人は意外と少ないかもしれない。今回取り上げるのは、大阪・生野区に本社を構える日本製シューズブランド「リゲッタ」を展開する、株式会社リゲッタの「ルーペインソール」という商品。この商品は、2014年ごろにノベルティ製品として開発されたが、ユーザーからの強い支持を受け、販売が開始された。現在では靴店に留まらず、空港やドラッグストアなどあらゆる場所で取り扱われているわけだが、これほどまでに販路が拡大した理由とは一体何なのか?

今回は、株式会社リゲッタ 代表取締役・高本泰朗さんに、ルーペインソールの誕生経緯とコロナ禍での販売戦略、さらに2025年開催の「大阪・関西万博」で予定している取り組みについて聞いた。

■当初、売る気はなかった?「ルーペインソール」の誕生秘話
――まず「ルーペインソール」の開発経緯についてお聞かせください。
【高本泰朗】まず、弊社の展開する日本製シューズブランド・リゲッタのインソールの名称が、ルーペインソールです。ただし、最初はノベルティ製品として開発したので、もともとは売る気がありませんでした。弊社は靴の製造を主軸にしており、インソール専門メーカーではないのですが、かねてよりお客さんからは、ルーペインソール単体での販売を求める声が多く寄せられてました。

【高本泰朗】ですが、ルーペインソールが売れることにより、リゲッタの靴そのものの売り上げが落ちてしまうのではないか。そして、弊社の製品を作ってくれる地元・生野区の職人さんたちに、仕事が回らなくなるのでは、といった懸念がありました。

【高本泰朗】また、リゲッタと同じくルーペインソールも生野区産で、プラスチックを溶かして射出成形する技術を用いて製造しているのですが、靴ほどは手間が掛かりません。そのため職人さんたちに仕事を出さずに、自分たちだけが小銭稼ぎをしているような感覚にさいなまれ、当初は販売にとても抵抗があったんです。

【高本泰朗】一方で、社内からはルーペインソールの販売に賛成する声もあがっていました。弊社では、毎年1泊2日の合宿を行い、その中で部署ごとの目標や会社の使命について深く考える時間を設けているのですが、あるグループからルーペインソールの販売に関する提案があがりました。

――どんな内容だったのでしょうか?
【高本泰朗】イタリアの有名な靴底メーカー、ビブラム社の「ビブラムソール」は、世界中で高く評価されており、「靴底といえばビブラム」と称されるほどです。この事例に触発されて、「インソールといえばリゲッタ」という同様の地位を目指そうと、会社のみんなで大いに盛り上がったんです。

【高本泰朗】さらに、もしナイキやマドラスなどの有名ブランドが、リゲッタのインソールを採用してくれれば、弊社のブランド価値もさらに向上するだろうという話が出ていました。「そういう考えもあるんだ」と思いましたね。以降、徐々に販売を開始していき、2020年ごろから本格的に始動。勢いに乗ろうとした矢先にコロナがきて、事態は一変しました…。

■卸し先が次々閉店…。会社を救ったのは営業スタッフの提案だった
――コロナはあらゆる業界に多大な影響を与えたと思いますが、靴業界はどうでしたか?
【高本泰朗】最初の1年間で、私たちが卸していた多くの靴屋が次々と店舗を整理し始めました。コロナなんて3カ月程度で終わると予想していましたが、まったく終息する気配がなく…。最終的には取り返しのつかない状況になってしまいました。受注があっても出荷ができず、販路が完全に閉ざされてしまったんです。

――そのような状況だと、経営が持続できなくなりますよね?
【高本泰朗】かなり困難な状況でしたが、そんなとき新しく入社した30歳の営業スタッフが、「ドラッグストアで販売してみてはどうですか?」とアイデアを出してくれました。最初は意味がわからなかったのですが、実際にドラッグストアへ営業に行くと、「リゲッタのインソールがあるんですか?」と驚かれ、興味を持ってくれていると社内で盛り上がったんです。

――思わぬ販路を見つけたわけですね。
【高本泰朗】そうです。その後、ルーペインソールの効果や弊社の理念を説明すると、採用が次々と決まりました。また、作業服・安全靴を扱うワークマンさんの全店舗での採用が決まりましたね。

【高本泰朗】ほかにも、別の営業スタッフが伊丹空港の土産物店での営業を提案した際、私は当初懐疑的でした。ですが、わずか1カ月で300足販売と異例の売り上げを達成しました。何でも、観光客が空港にチェックインしたあと、旅行中の歩行用としてルーペインソールを購入するケースが多いそうです。

――インバウンド需要を考えると、ルーペインソールの売り上げはさらに増えそうですね。
【高本泰朗】そうですね。ルーペインソールへの興味・関心からリゲッタの購入につながればと期待しています。今では全国1万2000店舗で取り扱いがあり、ようやく一命を取り留めたような気分ですね(笑)。さらに、これまでインソール業界で売り場を席巻していたようなブランドから、「弊社を通して商品を作りませんか?」「協業できませんか?」といったお声をいただくようになりました。

――リゲッタ(ルーペインソール)は今や、業界を支える重要な存在ですね。
【高本泰朗】本当にありがたいですよ。生野区の職人さんたちからも「とても助かっている」との声を多くいただき、それが何よりの喜びです。リゲッタは日本製で成功している数少ないブランドと言えますから、これからも職人さんたちと協力して商品開発を続けたいと思います。

――貴社と職人さんが二人三脚になることにより、すばらしい商品が生まれるのですね。
【高本泰朗】本当にそう思います。これについては、私の憧れの人であるジャパネットたかたの前代表取締役・高田明さんが私に言ってくださった、「職人には商人が必要なんです」というお話がとても好きで、印象に残っているんですよ。加えて、高田さんは「高本さんは職人で、私は商人だから相性が良くて、高本さんが一生懸命作った商品を僕が売るんですよ」とも言ってくださって。弊社内で置き換えると、僕が職人だとすれば、これまでになかったドラッグストアや空港での販売を提案してくれた営業スタッフたちは、まさに商人と言えますね。

■世界で唯一無二のインソール!1000万足販売に迫るブランドの開発秘話
――次に、ルーペインソールの製造工程や開発における工夫を教えてください。
【高本泰朗】弊社は、手で靴の木型(※靴を製造するための原型となるもの)を作るのですが、これはおそらく世界で唯一無二の手法だと思います。我流ではありますが、どの部分が足に触れると快適なのかを考えながら、私たちの足のサイズを測定しています。また、コンフォートに強いドイツの靴を分析したりして、ルーペインソールの適切な弾力を常に模索していますね。なお、リゲッタを開発する前は、この試作プロセスを私と妻の2人だけで行っていました。

――すごい、たった2人で!少人数で独自の方法を用いて製作するにあたって、大変だったことはありましたか?
【高本泰朗】2003年にリゲッタの前身となる商品を開発したんです。理論上は完璧だと自信を持っていたのですが、家族に試してもらうと、「痛くて履けない」「履いていると足がかゆくなる」という意見が返ってきました。そこへ大量の注文が入り、このまま販売したら大問題になると思ったんです。そこで私は、こだわりだったインソールの凹凸部分をすべて取り除く決断をしたんです。その結果、製品はかなり売れましたが、とても惨めな気持ちになりました。

【高本泰朗】当時は「俺、作り手として終わったなぁ」と感じたものです。しかしながら、そこからもう一度考え直して開発したのが、2005年に展開を開始したリゲッタだったので、今思えばこの失敗があって良かったなと思います。また、主観が入りすぎた商品は絶対に作ってはいけないという教訓も得ました。今は、木型を削る際に「ここをもう少し削ったほうが良いかも」と自分自身と対話しながら作業をしています。

――客観的な視点を持つことの重要性を感じますね。
【高本泰朗】はい、製作中はあえてひと晩寝かせて、次の日に改めて観察することで、前日には気づけなかった部分が発見できたりしますね。こうして、失敗を恐れずに挑戦することが日々の製造プロセスに活かされています。今では、日々の対話の結晶が商品になっているイメージですね。また、常にブラッシュアップしていて、厳密な理論よりも実際に試してみることで、リゲッタならびにルーペインソール特有の履き心地を実現しています。そして2025年には、1000万足の販売を達成する見通しです。

――すばらしいですね、ちょうど誕生20周年になる年にそんな大きな節目を迎えるとは。
■TikTokerの動画がバズり、結果的に前年比400%の売り上げ増!
――SNSのショート動画がバズって、前年比400%という驚異的な数字を叩き出したそうですが、その経緯を教えてください。

【高本泰朗】実は、そのバズった動画は私たちの公式発信ではなかったんです(笑)。私たちもルーペインソールについてはSNSで発信していましたが、企業の発信はなかなか反響を得られないんです。その中で、「推しはワークマン」という、ワークマンを推しているTikTokerさんが、「ワークマンでリゲッタの商品を見つけた!」と動画で紹介してくださったんです。この動画が売り上げに大きく寄与し、前年比で400%の増加を達成しました。

【高本泰朗】私の推測ですが、リゲッタの認知度が予想以上に高かったからではないかと思います。2019年に実施した調査では、対象400人のうち20%の人がリゲッタを知ってくれていました。しかし、実際に購入経験があるのは7〜8%程度でした。つまり名前は知られていたものの、実際に商品を試したことがない人が多かったわけです。

【高本泰朗】ただ、ルーペインソールは1500円と手が出しやすい価格帯だったため、「リゲッタのインソールなら、試してみよう」と思ってくれる人が次第に増えていったんです。靴は個人の趣味や好みが反映されますが、インソールは目に見えない部分で使われるため、好き嫌いが分かれにくいんです。

【高本泰朗】また、長年にわたるテレビ出演、取材、通販を通じてリゲッタのブランドを地道に宣伝してきましたが、ルーペインソールがきっかけで広く認識されるようになったことは大変うれしいです。あと、弊社が足にやさしい商品を提供していると評価されていることも、喜ばしいことですね。

■2025年の「大阪・関西万博」にも出展!今後も地域振興を目指す
――最後に、リゲッタならびにルーペインソールの今後の展望についてお聞かせください。
【高本泰朗】弊社では「ありがとうパレード」というイベントを、毎年7月ごろに開催しています。炎天下の中、大阪・生野区の街中をスタッフ全員で練り歩いて、リゲッタを履いている方がいたら「ありがとう」とお伝えするんです。

【高本泰朗】本来なら仕事に集中するべきなのかもしれないですが、スタッフ全員が出勤扱いで熱中症対策をしながらがんばる姿勢を見て、「私もがんばろう!」と思ってもらえれば良いなと思っています。この活動には、弊社の理念である「人生を楽しく歩んでほしい」という願いを込めています。

【高本泰朗】私たちは、今後もこうした活動を継続していきたいと考えています。ただ、そのためには安心して使用できる原資が必要なんです。弊社のテーマは「利益を出して、その利益を儲からないことに投資する」ことで、「なぜ儲けなければいけないの」と言われたときには、「儲からないことに使いたいやん」と答えています。例えば、スタッフの給与を上げたり、休暇を増やしたり、福利厚生を充実させることは、直接的には会社の利益にはつながりません。だからこそ利益を出して、そうしたところに投資していきたいんですよね。

――2025年には「大阪・関西万博」が開催されますが、それに向けて何か予定していることはありますか?
【高本泰朗】2025年はリゲッタの誕生20周年でもあります。その記念すべき年に、新商品を携えて弊社の理念を示し、元気な企業の姿をアピールしたいと考えています。新商品の開発が間に合うか、とてもドキドキしています。

【高本泰朗】また、コロナ禍で長い間、大規模なイベントが開催されず、皆が自由に歩けなかったので、「ようやく歩ける!」という想いが強いですね。「今日疲れますよ!」「たくさん歩くでしょう!」と大阪・関西万博の入り口で販売したいくらいですよ(笑)。また、大阪・関西万博後についても考えていて、その勢いのまま引き続き街おこしをできたらなと思っています。

――大阪・生野区を始点として、日本全国、さらには世界中でリゲッタが広がることを期待しています!
【高本泰朗】ありがとうございます。私たちの会社とブランドは、今後も成長を続けていくつもりです。その過程で、職人さん、お客さま、そして私たちと関わる全ての人々にわくわくしてもらえるような取り組みを展開していきます。私たちと「一緒に歩んでいる」と感じていただけることが、私にとっては何よりの幸せです。

この記事のひときわ#やくにたつ
・新しい商品形態と流通経路で、新たな顧客層にアプローチ
・販売チャネルを拡大させ、商品開発に携わる人たちの生活を支える
・専門分野の知見を別ジャンルで活かし、オンリーワンのブランドに
・地元密着の企業である一方で、グローバルに活躍できるブランドを展開

取材・文=西脇章太(にげば企画)