独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)の令和2年度学生生活調査によると、大学(昼間部)で奨学金を受給している学生の割合は49.6%と、大学生のおよそ半分が奨学金を借りている状態だ。

そして、この奨学金のほとんどは貸与型であり、社会人になると同時に返済に追われてしまうことに。月に数万円の返済を続けていかなければいけない状況に、大きな負担を感じている人が多いのが実情だ。

そんななか、社員の負担を少しでも減らそうと、社長のポケットマネーから奨学金を半分支払うという取り組みを行っている会社がある。それが、コンサルティングファームの株式会社エル・ティー・エス(以下、エル・ティー・エス)だ。今回は代表取締役 社長執行役員(以下、社長)の樺島弘明さんに、この取り組みを始めたきっかけや意義について、インタビューを行った。

■社長自ら奨学金を肩代わりする理由とは?
――まず初めに、貴社の事業内容をお聞かせください。
【樺島弘明】事業内容としては、「デジタル時代のベストパートナー」を掲げて、コンサルティングを主軸としたプロフェッショナルサービス事業と、プラットフォーム事業を提供しています。弊社では企業様の単なるデジタル化を支援するのではなく、変化が早くて複雑な時代の経営や、ITへの向き合い方などを含め、事業組織運営をトータルで支援しています。

――ありがとうございます。次に、今回のメインテーマである貴社の「奨学金返済支援」の概要と始められたきっかけについて教えてください。
【樺島弘明】この取り組みの概要としては、弊社に入社した新入社員が5年以上の勤務期間を重ねた後、私のポケットマネーから奨学金を半額出すというものです。譲渡のプロセスには人事部が関係していますが、あくまでも私個人がやっていることですので、会社の福利厚生や制度ではありません。

【樺島弘明】この取り組みを始めたそもそものきっかけは、私が大学卒業後に奨学金の返済をしていたからでした。特に、20代の貴重な時期に毎月数万円のお金を返済するのに、とても苦労を感じていまして。このころは、目先の年収よりも良い経験を積める職場かどうかが大事になります。しかし、奨学金があることで、良い経験や自分の成長よりも年収のための転職をしてしまうかもしれません。

――返済金額の多さがキャリアアップの足枷になってしまいますよね。
【樺島弘明】ですので、弊社の新入社員にはお金では買えない良い経験を20代のうちに積んでほしいと思って、この取り組みを開始しました。35歳をすぎてからの1万円と、20代のころの1万円って、重みがすごく違いますからね。このような感覚は、私の奨学金返済の実体験から来ています。

――樺島さんはいくらほど奨学金を借りていたのでしょうか?
【樺島弘明】大体250万円くらいですね。奨学金の返済は22歳ごろから始まって、32歳ごろに全額返し終わりました。毎年25万円を10年ほど払っていましたね。20代のころは月2万円ほど返済をしていましたが、返済日が来るたびに「まだ〇〇円もあるのか」と思ってしまうことを気持ち悪く感じていました。なので、さっさと返してしまおうという気持ちで早めに返しました。

【樺島弘明】弊社は2008年から新卒採用をしているのですが、地方から東京に出てきて大学院まで出ているし人では、800万円ほど借りている人も少なくありません。結婚を考えた際に、20代から年収にこだわらないといけないケースが多くなっていますが、そのような事情の裏には奨学金の返済があるんだな、ということを思いました。

――奨学金の残金は結婚にも影響が出てしまうのですね。
【樺島弘明】そう思います。また、人間の本当の経済力って30代中盤から問われると考えています。一方で、20代のうちは収入は入った会社や業界の相場で決まってしまうので、何も努力をしていないと30代半ばで限界が来てしまいます。ですので、私は若い社員に「20代のうちにしっかりと本当の実力をつけようね」と言っています。

【樺島弘明】しかし、20代のうちに奨学金があると返済にお金がかかってしまうので、目先の利益を追いかけなくてはいけない事態になってしまいます。“二兎を追う者は一兎をも得ず”とはよく言いますが、若い世代にはどちらも必要であることに葛藤を覚えていたので、弊社では5年勤めれば奨学金を半分払うよ、という取り組みを開始しました。

■「奨学金半額肩代わり」の条件とは?
――これまでどれくらいの方に譲渡をされてきたのでしょうか?
【樺島弘明】6人です。また、2024年4月に対象者が3人出てきますので、合計9人ですね。一応、上限額が贈与税の対象にならない110万円としています。なかには、地方から上京して東京大学大学院を修了したものの、奨学金返済額が1000万円を超えていた社員もいました。

――それだけあると将来にのしかかってきますよね。
【樺島弘明】そうですね。だからこそ社員の奨学金を軽くすることが必要だと感じています。他の起業家さんを見ていると、団体や活動家への寄付など、いいことにお金を使おうとする傾向にあります。ですが、まずは身近な人たち、私でいうところの弊社の社員の負担を減らすことは最優先ではないか?と感じています。

――取り組みの基準が「勤続年数5年」というのは、どのような理由からなのでしょうか?
【樺島弘明】いわゆるビジネスコンサルや戦略コンサルなど、幅広い業務を経験するとなると5年はかかりますね。最低でもそれくらいの年数を勤務して、そのあとは自分らしい人生を歩んでね、と若手にはよく言っています。そのような業界の事情も重ねて、5年という年数を設定しています。やはり成長や経験は一長一短には積めませんからね。

――他に、譲渡を受け取る際に必要な条件とは、どのようなものがあるのでしょうか?
【樺島弘明】まずは返済支援をする際に離職予定がないことですね。もうひとつは、新入社員が入社した際に、「あなたにとって弊社で仕事をするのはどういう意味を持ちますか?」という内容の論文を書いてもらっているんですね。5年後、もう一度書き直してもらって、今後どういった人生を送りたいか、そして弊社で得た経験をどう活かしていくかを書き出してもらっています。

【樺島弘明】それをもとに私が1時間ほど面談し、支援をするかどうかを決めています。このような振り返りを聞けることが会社経営のインプットになりますね。あとは、ちょっと感動しますよね。5年間の成果や得た知識、そして悔しかった経験などを話してもらうと、私も知らない弊社で繰り広げられているドラマや、社員が考えていることが見えてくるので、その後すごく仕事がしやすくなります。

【樺島弘明】また、ただお金をポンと渡すのではなく、論文や面談を通して得たものを互いに持ち帰って、私は経営陣にシェアして良い組織づくりに活かします。また、本人もこれを機に振り返りをしたうえで「また仕事をがんばろう!」という気持ちを持ってくれていたらうれしいなと思いますね。ぜひ、みなさんには引き続き一生懸命仕事に取り組んでほしいと思います。

■「まずは身近なところからちゃんとしたい」
――近年、日本全体で若者の奨学金の負担が問題になっていますが、そのあたりはどのようにお考えでしょうか?
【樺島弘明】確かに、貸与型の奨学金の利用者も増えていますし、その返済が重くなっているっていうのも事実ですよね。逆に、回収できないと日本学生支援機構をはじめとした組織側も継続ができないということで大変になると思います。ですので、どのように切り取って語るかですよね。

【樺島弘明】奨学金が悪とされている一方で、奨学金のおかげで学びの機会を得られたという人も多いと思いますし、私はいいことだと思います。奨学金という枠組み自体は素晴らしいものだと思いますが、問題はその先の返済義務が発生するということですよね。私としては、まずはとにかく身近な人の負担を減らすことを考えています。

【樺島弘明】やはり、自分の身近なところをちゃんとしようというのは、私の人生観として非常に強くて。ですので、20代という若くていろいろな可能性のある社員の負担を、少しでも減らしたかったのです。とにかく、自分の人生にとってプラスだと思うことをどんどんやってほしい。そのためにマイナス要因である奨学金の部分を軽くするというのが、私のできることでした。

――自分のできるところから問題を解決していくことで、結果的に社会に良い影響を与えそうですね。
【樺島弘明】そうだとうれしいですね。

――最後に、貴社の取り組みを続けていくうえでの今後の展望を教えてください。
【樺島弘明】2025年4月入社までは現行の枠組みで行っていく予定ですが、2026年4月以降は現状のものでいくのか、それとも会社の制度にするのか、もしくは両方ミックスでするのかを考えないといけないフェーズに入っています。ですので、今後どのようになっていくかはこれからですね。

――奨学金の返済を心配せず、20代をキャリアアップに集中して過ごせるのは社員の方にとって大きなモチベーションになると思います。本日はありがとうございました。

この記事のひときわ#やくにたつ
・借りたものは早めに返せばあとが楽
・身近な人の将来を支援すれば、組織の利益につながる

取材・文=福井求(にげば企画)