高齢ながらユーモアを忘れず、自らを貫き通す祖母・みや子さんとの日常を描いた漫画『祖母みや子98歳』がSNSで話題になっている。

みや子さんはすでに亡くなっているが、経験豊富ゆえの審美眼や少し変わった着眼点、そして「死」をもジョークに変えてしまうエピソードの数々に「私もこんなふうに歳をとりたい!」と今やみんなの憧れのおばあちゃんに。漫画以外にも、「亡くなった後に開封してほしい」とみや子さんが家族に託したとある封筒に関するツイートは7万以上の“いいね”を獲得。カリスマおばあちゃんとしての存在感を放っている。

今回はこの漫画の作者でみや子さんの孫であるきよまろ(@sobomiyako98)さんに、漫画を描くきっかけや、みや子さんの人柄や人生、そして“例の封筒”について聞いた。

■聞けば元気になる⁉みや子さんの生き様とは?
普段は医療従事者として働くきよまろさん。仕事で高齢の患者と話す機会が多く、孤独や病気、金銭面の問題、迫りくる老いと死への不安など、さまざまな相談を聞くことがあったという。

「彼らに何を話せばいいんだろう」と悩んだきよまろさんは、患者よりも高齢だった祖母のみや子さんの話をすると、みんながたちまち元気に。「アラフィフとは言え、私は高齢の方から見れば若輩者ですので、どう介入していいのか悩んでいました。そこで超高齢の祖母の話をすると、老いても自分らしく図太く生きる祖母の姿に励まされたようで、みんな元気になっていったんです。最初は語るばかりでしたが、漫画にしてみたらもっと多くの人を元気にすることができるのでは?と思い立ち、『祖母みや子98歳』を描き始めました」

きよまろさんはみや子さんの高齢者ならではの"あるある"や失敗談に、毎度笑わされたと話す。また、流行りのものや流行語が大好きだったみや子さんは、よく中途半端にものを覚えてしまい、怪しい話になってしまうこともあったとか。好奇心旺盛なみや子さんならではのエピソードだ。

「散歩に行ったら『徘徊』と勘違いした人に通報されたとか、身内でもない人間から『おばあちゃん』と言われて『(お前の)おばあちゃんじゃない!』と怒ったら『お…おじいちゃんですか?』と言われたとか、今思い出しても吹き出してしまいます!」

■「今を楽しむ図太さ」は激動の時代を生き抜いた証
みや子さんは大正7年の東京生まれ。1923年に起きた関東大震災で家が全壊、東京大空襲では焼夷弾が降るなか、子連れで戦火を逃れた。戦後に旦那さん(きよまろさんの祖父)を40代で亡くし、その後は鍼灸師の免許を取得してシングルマザーとして子供4人を育てた。

子供たちが自立した後はシンガポール、中国、エジプトなどに単独で鍼灸の修行の旅に出ていたという、とてもフットワークの軽い人だったそうだ。

「小さな頃の記憶では『いつも日本にいない祖母』という印象でしたね。老後は実の娘と同居してお互いに言いたい放題の生活でにぎやかに過ごしていました。苦労している姿や悲壮な様子は私の記憶には全くないので『自分のしたいように生きている強くて自由人』というイメージ。子供の頃は『おもしろい』というよりは頭の回転が速く、歯に衣着せぬ物言いが時々怖かった印象もありますが、晩年はユーモアたっぷりでした。自分が楽しく生きやすく努めていたのでしょうね」

激動の時代を生き抜き、人生を全うして100歳で旅立ったみや子さんは、きよまろさんが描く漫画やツイートを通して今もなお笑いと感動を与えている。

■家族に遺した茶封筒に入っていた「葬儀の心得」
みや子さんが亡くなる4年前に『亡くなった後に開封してほしい』と家族に託した茶封筒がある。開封すると、みや子さんとご主人の遺影の他に「葬儀の心得」という10個の箇条書きが。

そこには「通夜も告別式もお別れ会程度にしておけ」や「極力金をかけるな」、そして「遺された者は楽しく生きろ!」など、自分が死んだ後に家族にしてほしいことが書かれていた。

「多くの人が『自分もそうでありたい』『素晴らしい終わり方』とコメントしてくださいました。やはり人はいつでも身近な誰かの死を感じているので、共感するところがいずれの世代においても多かったのではないでしょうか。そして、生まれたからにはいつか迎える死についてふと立ち止まって考えた時、祖母のような生き方をしたい、『立つ鳥跡を濁さず』を体現するような潔い終わり方をしたい、と感じたのかもしれません」

このみや子さんの遺言は日本中のユーザーの心を痺れさせ、7万もの“いいね”がつき、みや子さんの粋な「終活」にみんなが憧れる結果に。本当の幸せな人生とは、みや子さんのような生き方を貫けることなのかもしれない。

■「老い」すら前向きに!
きよまろさんは医療従事者であると共に「笑い療法士」(一般社団法人癒しの環境研会が認定する資格)としても活動している。「笑い」は自己免疫力や治癒力を高めることから、医療や福祉の場で笑いを引き出し、またその環境を整える専門の療法士が「笑い療法士」である。ゆえにきよまろさんは、読んで楽しくて元気になれる作品を描くことを目指している。

きよまろさんの小さい頃の夢は「漫画家」だったが、親から猛反対されて医療の道に。しかし祖母の生きざまを思い出して、「本当にしたかったこと、なりかたった自分に挑戦しなくていいのか?」と強く思うようになり、再びペンを握ることを決意した。彼女が漫画家の道をもう一度目指すことを決めたのは、みや子さんの存在がとても大きかったという。

「仕事、家事、育児の合間を縫って、諦めていた『漫画家になる』という夢に向かってペンを執りはじめました。特にコロナ禍の今こそホッとするような、心に沁みる笑いが大切なのではないかと思っています。その中でも『祖母みや子98歳』は主人公が98歳のおばあさんなので、他の漫画に比べたらとても地味な作品なのかもしれませんが、生きているものは必ず老いるので、それを祖母の生きざまを紹介する中でポジティブに昇華できればハッピーだと思うんです」

日々の業務をこなしながら医療専門書やパンフレットなどのイラストも描くきよまろさんは、「いつかは商業漫画で連載枠をいただいて書籍化する作家になるのが私の夢です。なので出版社様、誰か私を買ってください!(笑)」と、夢に向かって今日も原稿と格闘中。

きよまろさんの夢を後押ししたみや子さんは、次は孫の漫画のキャラクターとして生きはじめた。きよまろさんとみや子さんの二人三脚は始まったばかり。まだまだ出てきそうなみや子さんの痛快エピソードが今後も楽しみだ。

取材・文=福井求