一級建築士であるとともに、建築設計のリサーチとして始めたホテルの実測スケッチがSNSで人気を博している遠藤慧さん。「スケッチを始めたきっかけは?」「ふだんどのようにスケッチしている?」といった制作にまつわる質問に答えてもらうほか、「死ぬまでに絶対に泊まるべき!」と太鼓判を押す、お気に入りのホテルも教えてもらった。

■スケッチのきっかけは設計の事例リサーチ
――ホテルスケッチを始めたきっかけを教えてください。

もともと設計事務所で働いていた時にホテルの設計に携わる機会があり、事例のリサーチをしたいと思っていろんなホテルに泊まりに行くようになったのがきっかけです。建築設計やものづくりを生業にしている人ならあるあるなのですが、カバンにいつもコンベックス(金属製のメジャー)を入れていて、気に入った寸法や、いいなと思った空間を測ることがよくあります。

最初は自分が見返せるように、とメモ程度のスケッチを取っていたのですが、何枚も描いているうちにホテルの魅力にハマり、だんだんこだわって描くようになってしまいました。

――取材はホテル宿泊の際に行っているのでしょうか?

ホテルに泊まった際に実測し、スケッチを描いています。ただし、色付け(絵の具)は後日。現地で大々的に色付けしたとして、万が一お部屋を汚してしまったらホテルに大迷惑なので、家に帰ってから写真を見て着色しています。


■建築士の記憶に残るホテル3選とは
――「絶対に行ってほしいホテル」を、理由とともに教えてください。

とても記憶に残っているホテルを、スケッチ、写真とともに3つ挙げます。順不同ですが、まずは日本橋兜町にある「HOTEL K5」から。
同館は銀行だった建物をリノベーションしていて、銀行らしい風格あるコンクリートの躯体が新しいデザインとマッチし大変良い味を醸し出しています。客室のプラン(間取り)がとても特徴的で、お部屋の中心に円形のカーテンに囲まれたベッドが置いてあります。一見無駄なような空間の作りかと思いきや、レースカーテン越しの柔らかい自然光と合わさって、なんともぜいたくな余白を感じられるお部屋です。

備え付けのレコードはお部屋の雰囲気に合うよう選ばれた作品が置いてあり、ぜひプレーヤーで流しながらゆったりとした時間を過ごしてほしいところ。特別な日にぜひ泊まっていただきたいホテルです。

また、「The Okura Tokyo」もオススメ。東京の中央、虎ノ門に位置する老舗のラグジュアリーホテルです。

魅力はなんといっても入口のロビー。モダニズム建築の傑作と言われた谷口吉郎氏設計の「オークラロビー」は、2019年の建て替えでご子息の谷口吉生氏によって丹念に再構成されました。

中2階の回廊のある空間は深みのある金色の光で満ちていて、ため息が出るような美しい空間です。オリジナルの美しい照明器具や深い飴色の木材、光を柔らかく取り込む木組格子などが組み合わさり、重厚ながらきわめて華やかな意匠。ロビーだけでも何度も訪れたくなります。

高層階のお部屋は幅が広めの矩形で、窓が大きく取れる開放的なプラン。ドアを開けるなり、目に飛び込んでくるぜいたくなビューバスも素敵です。

最後にご紹介するのは2020年に開業した「白井屋ホテル」。群馬県前橋市で2008年まで営業していた老舗ホテルの建物を活かし、新オーナーの下、建築家の藤本壮介氏がリノベーションと新築設計を手がけました。

既存ホテルの床を4層ぶち抜いた大きな吹き抜けに、白いしなやかな鉄骨階段とレアンドロ・エルリッヒ氏によるアート作品が絡みついている豊かな空間が衝撃的です。

吹き抜けの下はオールデイダイニング。高い天窓から降り注ぐ自然光と、あふれんばかりの観葉植物が居場所を作っており非常に気持ちの良い場所です。地元・前橋の野菜やお肉を使ったお料理もおいしいです。

■重視するのは「居心地の良さ」と「余白」
――遠藤さんの中では「良いホテル」の条件があるのでしょうか?

ホテルによって狙っている客層やブランディングがさまざまですから一概には言えないのですが、個人的にはやはり「居心地の良さ」を重視しています。特に収納(クローゼット)周りの配置や納め方はお部屋ごとにそれぞれ特色があり、勉強になるなあと思いながらいつも見ています。さまざまな制約があったであろう中、収納の動線が美しく解かれているプランに出合うと惚れ惚れします。

上述した「The Okura Tokyo」のビューバスタイプのお部屋は、中央にクローゼットがあるちょっと変わったプランなのですがこれがとっても使いやすいんです。入口側も脱衣所側からも使いやすいのに、ベッドルームからはきちんと視線をさえぎられ、自然とお部屋がすっきりしたまま使えたのでびっくりしました。ある程度面積が大きいお部屋でないとできないプランですが、これは非常に良い形だなと実感しました。

あとは「余白」があるホテルですかね。一寸の無駄もなくぴっちり整えられたホテルもそれはそれで楽しいのですが、ふと佇めるような居場所がいっぱいあったり。また、なんてことない廊下が美しかったりすると素敵だなあと思います。

■建築士目線でセレクト!いつか泊まりたいホテル3選
――未踏で「ここが気になる!」ホテルを理由とともに教えてください。

こちらも順不同でトップ3をご紹介。まずは「香林居」です。こちらは、金沢の香林坊という土地に2021年オープンした、蒸溜所併設のブティックホテル。家具備品などにも一つ一つこだわりと物語があり、非常に丁寧に作られているように感じられ、実際に泊まって体験してみたいなあと思っています。

瀬戸内の海をのぞむ、スモールラグジュアリーホテル「瀬戸内リトリート青凪」にも注目しています。建築家の安藤忠雄氏による設計で、一部ミュージアムだった建物を2015年にホテルとしてリニューアル。瀬戸内の絶景の中に浮かぶインフィニティプールはまるで絵画のようで、絶対にいつか行きたいホテルの一つです。

ホテルを特徴づけるものの一つに”眺望”がありますが、その眺望が刻一刻と移り変わる非常にぜいたくなホテルがあります。それが「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」。2017年に運行開始した大阪・新大阪〜下関間を巡る寝台列車で、なんと宿泊しながら旅ができてしまいます。

なお、浦一也さんというホテルの実測スケッチで大変高名な方がいて、その方が「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」のインテリアデザインを監修している点も見逃せません。気軽に泊まれるお値段ではありませんが、老後の楽しみに、いつか泊まってみたいなと思っています。

――この記事を読んでいる人にメッセージをお願いします。

旅先であちこち散策するのも良いですが、趣向を凝らしたホテルへ行ってまるまる1日おこもりステイ、なんていう旅も良いものです。感染対策をバッチリ行った上で、ぜひ泊まってみてください!

※スケッチの採寸は個人採寸であり、実際と異なる可能性があります。