“ヴィジュアル系インサイドセールス”の肩書きで活躍しているMIHIROさん。ヴィジュアル系バンドのギタリストとしてデビューし、約13年の活動の末に引退。現在はビジネスマンに転身し、過去の経験を武器に、株式会社ホットリンクでインサイドセールス(非対面で行う営業活動)として活躍中。そんな異色の経歴が、SNSを中心に話題となっている。
今回はMIHIROさんにインタビューし、彼の波瀾万丈な人生を前編後編に分けてお届けする。後編では、バンドマン引退後、ビジネスマンとして活動する彼の半生をご紹介。挫折をしてもなお新たな道を切り開くMIHIROさんに、セカンドキャリアの築き方を教えてもらった。
■デビュー後の心の葛藤「僕は選ばれし者ではない…」
――華々しくデビューされた後、理想と現実のようなギャップを感じることはありましたか?
「もともと高校時代のいじめの体験から『自分の正義を証明したい』と思いバンドマンを志しましたが、芸能界で売れる人って一握りなので、人気バンドという限られた椅子へ座るために手段を選ばない人が多いんです。ステージ上は華やかですが、裏側では潰し合いが行われている。憧れていた世界に入ったものの、そこは僕が大嫌いだったいじめや欺き合いが起こっているところでした。憧れだったバンドマンと共演する機会もありましたが、アーティストとしてはすごくかっこよくても、裏側は人間としてどうかしているなと感じる場合も多くて。そして僕も『自分の正義を証明したい』などと生ぬるいことを言っていたら生き残れないなと感じるたび、『僕の願いは叶えられないんだ』と悩んでいました」
――師事したMIYAVIさんの言葉を胸に活動されるなか、気持ちが折れそうになったことはありましたか?
「はい。実は、僕たちは有名バンドのローディー経験者が集まっていたことから、デビュー直後から順調なスタートを切っていたんです。でも人気を継続するのが難しくて。新しく登場したバンドに追い抜かれライブ動員数は低下し、人気がゆるやかに下降していきました。同期が武道館ライブを開催する傍ら、僕らは小さなライブハウスで。ライバルとの状況を比べては落ち込み『なぜほかのバンドに勝てないんだ…』と悩み苦しむ日々でした。なかなか認められませんでしたが『僕って売れる一握りのバンドマンになる選ばれし者ではないのかも…』と20代後半頃から感じ始めていました。諦める気持ちとまだやれるという両方の気持ちに、ずっと揺さぶられていました」
――引退という選択肢が見えてきたきっかけは何かありましたか?
「はい。いくつかのバンドを結成し解散を繰り返してきましたが、『このバンドを人生最後にして、絶対に売れる!』という意気込みで活動していました。しかし、メンバーとの価値観のズレが徐々に広がっていったんです。メンバーはいい音楽は作るけど、音楽以外に興味がなく『いい音楽を作っていればいつか売れるから』と信じてやまなかったんです。僕は『いい音楽を作るバンドはたくさんいて、そこから売れるためのプロモーションを考えないと』と訴え、さまざまなアイデアを出していたのですがメンバーには響かずで。音楽のレベルは高いバンドだったのですが『このままじゃ売れない』と悶々としていました」
――当時のメンバーとMIHIROさんの考えが違ったんですね。
「それからアルバイトをしないと生きていけない状況に追い込まれ、電話営業のアルバイトを始めたんです。そこで『バンドのために短時間で稼ぐぞ!』と気合を入れて働いていたら、電話営業の成績が結構良かったんです。入って2カ月目から成績上位で、1位を獲得したこともありました。そこで社員の方から『社員にならないか?』と誘っていただいたんです」
――短期間で1位になるなんてすごいですね。
「そのアルバイト先にいた営業部長が元バンドマンで、当時僕が抱えていたバンド活動の悩みを相談したんです。そこで言われた言葉が引退の決め手になりました」
――どんな言葉を言われたのでしょうか?
「『バンドの世界は1回そこそこ売れた奴ほど抜けられなくなるんだよ。ライブハウスではスターだし、めちゃくちゃ楽しいじゃん。ただ食べ続けられる奴って本当に突き抜けた一握りだけだし、突き抜けられる奴はもっと早くにそうなってるよ』と言われたんです。確かに僕の同期で突き抜けている人たちも20代半ばで圧倒的に人気がありました。当時僕は31歳だったので『確かにそうだな…』と理解するものの、どうしても認められなかったんです。というのも、約13年間音楽だけをやってきて、高校生の頃に『世界を変えてやりたい』『自分が間違っていないことを証明したい』とギターを手に取り、『音楽を辞めたら死のう』と命を懸けるほどの覚悟をして始めたことなので、なかなか認められなかったんです」
――辞める選択をするにも覚悟が必要だったんですね。
「でもその上司が『お前は音楽の世界じゃなくても活躍できると思うよ。だってこの営業成績が物語ってるじゃん。お前はやれる人間だと思うから、もし音楽以外の道を選択するなら、一緒に働こうよ』って言ってくれたんです。依然バンドの状況は変わらず、バンドのメンバーたちは売れるよりもやりたいことをやりたい人たちということがよく分かりました。その考えが悪いとは言いませんが、絶対に売れたかった僕とは考え方が合わず『このバンドは僕の続けるものではない』とバンドを引退し、アルバイト先で社員として就職しました」
■会社員人生がスタート!しかし、ブラックな労働環境に体は限界を迎え…
――そこからMIHIROさんのセカンドキャリアのスタートとなるんですね。
「バンドを辞めた32歳の時、社員になりました。粘り強さなどの適正があったのか、成績が認められて半年ほどで昇格し役職がついたんです。給与も契約を取れば取るほどインセンティブがたくさん貰えたので、バンドマン時代の借金も返済できるようになり安定した生活を送れるようになりました」
――すごいスピードで出世ですね。順調な社会人キャリアのスタートのように思えますが…?
「順調でしたが、社長の方針で今までの営業手法が禁止され、突然契約が取れなくなったんです。僕が入社するきっかけとなった元バンドマンの上司が責任を問われる形で退職してしまい、その後任として僕が部長のポジションに就くことになりました。しかしプレイヤー時代と違い部長となると、チームの数字を達成していないと会社から帰れないという働き方になってしまったのです。チームの1人でも数字未達のメンバーがいれば帰れないため、毎日終電で退社。土日出勤も当たり前で、どんどんメンバーが辞めていきました」
――厳しい環境で働き詰めだったんですね。
「そうですね。僕、31歳までバンド活動しかやってこなかったので、一般的なビジネスマンのような生き方ってできないと思っていたんです。通用しないだろうと。でもこの会社で『僕も頑張ればできるのかもしれない』と思わせてくれたこともあり、会社に対する思い入れが強かったんです。ブラックな環境でしたが仕事を続けていて。でも体に無理が来て1度目は過労、2度目は胃腸炎で入院することとなりました。『この働き方を続けていたらいつか死ぬかもしれない…』と体のことを考えて退職しました」
――体調を崩されたことで退職され、次の会社を選ぶ時はワークライフバランスを重視されたのでしょうか?
「はい。ですが、新卒としてのキャリアがないため、転職活動はめちゃくちゃ苦労しましたが、なんとかSaaS業界のベンチャー企業に就職が決まりました」
――2社目はどのようなお仕事に挑戦されたのでしょうか?
「デジタルツールを活用した内勤営業『インサイドセールス』のお仕事です」
――インサイドセールスとはどんなお仕事なのですか?
「会社にもよりますが、外に出ない内勤の営業活動です。代表的な手法は電話とメールで、最近はSNSやチャットツール、Zoomなどのオンラインツールを駆使し連動させながら営業活動をしています。例えば、自社のWEBサイトのどのページを閲覧したかというデータからクライアントの検討している内容を推測し、それに適した商材の案内メールを送付することもインサイドセールスの一つです。ほかにも送ったメールをいつ開封したか、そのメールに記載のあったURLをクリックしたか、そのページを何秒間見ているかも計測できることもあります。そのデータから検討状況や心理状況を予測し、データを取りながら該当顧客に営業をかけていきます」
――そんなことまで分かるんですね!
「メール配信もいろんな設定ができるんです。メールのリンクをクリックした人には次このメールが行くように、クリックしていない人には違う文面のメールが行くようにと設定できるので、なるべく興味に合った内容で検討してもらい、しかるべきタイミングで僕が電話をして商談に繋げていきます」
―― 1社目と2社目では同じ営業でも、お仕事の内容はガラッと変わられたんですね。
「そうなんです。2社目は勉強のやり方も分からず、本当に活躍できなくて。1社目に対し2社目は大手企業を相手に営業していたので、商談に最初から決裁者は出てきません。担当者からいかに決裁者に繋げていくかを考えて、きちんとロジカルに相手の業界の経済情報を織り交ぜながらビジネストークを進められないと話にならなかったんです」
――思考錯誤の日々だったんでしょうか?
「そうですね。ずっと1社目の成功体験を引きずっていて、1社目のスタイルで営業を続けていたら、数字は上がらないし、会社からも『その営業のやり方はやばいよ』と言われる始末でした。ベンチャー企業なので社員はみな忙しく、足を引っ張っているメンバーに教えている暇はないという環境でしたね。力不足を感じ、1年半ほどで逃げるように辞めてしまいました」
――2社目を経験され、現在勤務されている「ホットリンク」に入社された経緯は?
「2社目の経験から自分に自信がなくなってしまったんです。IT業界は向いてないと思い、別業界に転職しようと思っていました。その時にサポートしてくれた転職エージェントの方から『ITが向いてない訳ではないので、自分のスキルアップを頑張っているメンバーと一緒に、楽しく働ける環境に応募してみませんか?』とお話をいただき、ご紹介してくださったのが、SNSマーケティング支援事業を展開する『ホットリンク』でした」
―― 入社後はどのような働き方をされていましたか?
「ホットリンクも入社後1年は全く活躍できなかったんです。SNSを使ったマーケティング支援事業なので、トレンドの移り変わりが早く、勉強を常にしていないと置いていかれる環境だったんです。しばらくは活躍できなかったんですが、周りに教えてもらいながら、本を読んだり、日経新聞を読んだりしていました。そうすると少しずつ知識が付いてきたんですね。そこで、インサイドセールス部が会社になかったので、部を立ち上げました。今では『インサイドセールスは価値のある部署だよね』と認めてもらえるようになりましたね」
――部署を立ち上げられてすごいですね。入社後のターニングポイントとなった出来事はありましたか?
「当時、外部のセミナーに通いつめてインサイドセールスについて勉強を重ねていたんです。セミナーに通う内に元バンドマンの血も騒いで『僕も登壇できるのでは…?どこかで登壇したいな』という気持ちが芽生えてきたんです。そんななか、あるセミナーに参加した時『次回の登壇者がいないんです』と案内があったので、イベント終了後に主催者に声をかけて登壇を希望したらOKをもらえたんです」
――ついにイベントの登壇者になられたんですね。
「登壇することを会社に報告したら、後日会社のCEOから呼び出されて。『元ヴィジュアル系バンドマンなら、バッチリメイクを決めて登壇したら?おもしろいからやった方がいいよ!』と言われたんです。すごく真面目なビジネスイベントなので『絶対やばいですよ!』と反対したのですが、『いいからギターギュイーンってやってきちゃったらいいんだよ(笑)』と言われて。念のため主催者側にも確認をしたら『おもしろいですね。ぜひやりましょう!』とノリノリで。さらに社内のメンバーも盛り上がっていたところ、別の執行役員から『現場で滑る可能性もありますが、僕たちの戦場はSNSですよね。現場を動画で撮影してSNSでバズらせたらあなたの知名度が一気に上がりますよ。そしたら私たちの勝ちです!』と説得されて決心をしました」
――当日はヴィジュアル系バンドのフルメイクをされたんでしょうか?
「僕は当時黒髪だったので、エクステと少しメイクをして登壇する予定だったんですが、バンドマン時代を知る妻に怒られたんです。『髪の毛そんなんでいいの?ヴィジュアル系の意地みせろよ!』と。さらに『黒髪で少しメイクするなんて中途半端だからダメ。突き抜けた方が絶対いいよ。髪の毛も普通やらない色にしよう。ピンクだな』と勝手に決められまして(笑)。でも僕もそこでスイッチが入り、会社の許可もとらずに髪の毛をピンクに染めました。会社はざわついてましたが…(笑)」
――奥さんのプロデュース能力がすごいですね(笑)。
「ピンクの髪の毛とフルメイクでキメて、イベントに登壇したところ、予想外に会場が盛り上がり上手くいったんです。イベント終了後にCEOからも褒めてもらい『今後もそれで行け!』と言われ、それきっかけで『ヴィジュアル系インサイドセールス』として活動することになりました」
――それがきっかけとなり、現在の「ヴィジュアル系インサイドセールス」という肩書きができたんですね。
「イベント登壇時のことをSNSやnoteで発信していたら、新たな取材依頼やイベント登壇のお話が来て、そしたら今に至る感じです」
――バンドマンの活動を経て会社員として活躍されていますが、どんな経験が役に立ったと思いますか?
「まず、バンドマンのキャリアがなければ“ヴィジュアル系インサイドセールス”という肩書きも成立していないでしょう。約13年間信念を持ってバンドマンを続けていたからこそ、今の活動に説得力を持たせられるんだと思います」
――今のお仕事との共通点もあったりされますか?
「バンド活動って自分のバンドを売り込むためのマーケティング活動になるので、実は今のお仕事とも繋がっているんです。例えばバンドの場合、競合のバンドの分析を行います。どの曲で盛り上がっているのか?ファンの層は?メイクや衣装の違いは?それをライブに潜入して分析していました。それを踏まえて、そのバンドと戦うためには自分のバンドをどうするのか?という視点が持てるんですよね。実はヴィジュアル系バンドって曲はもちろん、キャラクターも大切なので、各メンバーのキャラ設定もするんです。そういう考え方って、今ホットリンクでしているマーケティング支援の仕事の考え方とすごく共通しているんですよね」
――異業種でも、いろんなことがリンクしてくるんですね。
「バンドにおいてライブって、一種の営業活動なんです。集客率の高いライブに出るためにイベンターの方に自分たちの曲を持っていって売り込んだり、メディアに取り上げられるための広報活動をしたり。そうして自分から行動してなんでもやるスタンスが、今の仕事にも活きていますね。それからライブにも共通点を感じています」
――どんな共通点ですか?
「例えば、ライブ当日、体調不良だったり、メンバー同士の喧嘩だったり、自分にとってどんなに最悪な1日だったとしても、お金を払って観に来ているファンの方にはそんなことはまったく関係ないですよね。最悪な1日だけれども『ステージに上がるこの時間だけは、最高の自分になる!』と無理矢理スイッチを入れるんです。これは営業における商談に向かう時も同じマインドで、電話する時には『この時間は役に立つお話をする!』と同じようにスイッチを切り替えるんです」
――なるほど!意外な視点です。
「また、インサイドセールスって電話とメールでの営業が多いので、情報量が少ないんです。クライアントの名前と部署しか分からない状態でファーストコンタクトを取ることも多いので、想像力がすごく大切になるんです。相手の相槌から『この話は相手に響いてないな。嫌がってるかも』とか、読み取る力が試されるんです。それも僕の場合はライブのステージに近くて。同じセトリでパフォーマンスしているのに、なぜか盛り上がらないライブってあるんです。するとライブをやりながらメンバーとアイコンタクトをとり、『このままならまずいよね…』と共有してパフォーマンスを変えていくんです。そんな風にやりながら考えて対応する部分も共通していると思います」
――読み取る力と臨機応変に対応する力が問われるんですね。なかなか難しいことだと思います。
「僕はバンドマン時代にやっていたので普通だと思っていたのですが、今インサイドセールスを教える側に立つと、これができる人って当たり前じゃないんだなと感じました。あくまで傾向ですが、舞台俳優やミュージシャンなど舞台やステージに立っていた方は、読み取ることと臨機応変に対応することが得意なのかなという印象ですね」
――全く違うお仕事なのに共通すること、役に立っていることがたくさんあることに驚きました!
「現在の活動を通してインサイドセールスについてのノウハウ発信をした時に『役立ちました』『おもしろかったです』と反応がもらえることが嬉しいですし、この感覚はバンドマン時代に理想としていたやりがいと同じ感覚なんです。高校生の頃の『悩んでいる人たちの力になりたい』という思いが、バンドの世界とは違う場所でも実現できているのが嬉しいですし、やりがいを感じられますね」
――高校時代のMIHIROさんが描いていた道のりではなくとも、たどり着いた先は同じだったんですね。
「すごく嬉しいのは、バンドマン時代と今が繋がったなと思えることですね。バンドを引退した時に『自分の夢は終わったな。あとはつまらない人生を歩んでいくのか…』と、諦めてしまったので。でもバンドマン時代があったからこそこの現状があって、結果的に辞めたけれども僕なりに夢は叶えられるなとも今は思えるので、それがすごく嬉しいです」
――セカンドキャリアについて新しい世界に飛び込む方へ向けてメッセージをもらえますか?
「違うジャンルに就職するって不安だと思うんです。もし転職先の会社が合わなくても、そんなに重く考えず、自分を責める必要はないと思います。自分なりに勉強し続けたり努力は必要ですが、自分に合う環境があると思うんです。僕もホットリンクに来て開花できたので、自分が努力できる場所を探してください」
――最後に今後の夢や目標を教えてください。
「今ここに来て、アーティスト活動はまたやりたいと思っています。ライブやMV制作に取り組めたらと。もちろん、ビジネスマンとしてインサイドセールスの仕事をきちんと責任を持ってやったうえで、アーティスト活動を活発化させて、前向きな気持ちを与えられたらと思います」
「この活動をはじめて、自分では想定もしなかったことが起こっています。自分なりに楽しいことをやっていたらいろんな面白いことが起こるので、自分から行動することで人生は変わると思います!」とMIHIROさん。どんな選択をしても、自分の経験はいつかすべて繋がることを教えてくれた。彼の人生の物語が新しい道へ進む人の背中を押してくれますように。
32歳でヴィジュアル系バンドマンから営業マンに転身。挫折からのキャリアチェンジについて聞いてみた「バンド活動が今の仕事にも活きている」
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