報道番組「Nスタ」平日版のメインキャスターを担当し、土曜日は冠ラジオ「井上貴博 土曜日の『あ』」でパーソナリティを務めるTBSアナウンサーの井上貴博さん(37)。

2022年5月には初の著書「伝わるチカラ 『伝える』の先にある『伝わる』ということ」を発売し、ニュースキャスターとしてだけでなく、さまざまな方面で活躍中だ。そんな井上さんに、今の時代だからこその、情報を伝える難しさや喜び、そして会社員でアナウンサーを続けるわけを聞いた。

■昨日までの正義が1日でひっくり返ってしまうことも。だから“正しく伝える”なんてものは存在しないのかもしれない
――はじめに“伝える仕事”のやりがいを教えていただけますか?

「『見たよ』『聞いたよ』『あの解説や意見が分かりやすかった』といろんな人に言ってもらうことです。こういうのって綺麗事に聞こえがちで、なかなか伝わりづらい側面もあるんですけど(笑)、そういう感想はやっぱり何ものにも代えがたい。本当にうれしいし、そのひと言で“ああ、また頑張ろう”と思えますね」

――井上さんが、伝えるときに意識していること、大切だと思うことは何ですか?

「『自分が正しいと思っていることは独りよがりではないか?』ということを、最近よく考えます。今は多様な場所から多様な情報を個人が選び取れる時代ですし、これだけ変化が早いと、昨日までの正義が1日でひっくり返ってしまうことだってある。なので、“正しく伝える”なんて本当はないんじゃないかなっていうのも思います。“自分は正しい情報を出している”という驕りがないか常に考えますし、その上で自分の思いをちゃんと乗せて発言したことが伝わるとうれしいな、ありがたいなと。それが反発やクレームであっても、それが誰かの何かのきっかけになるといいなとは思います」

――昨今は特に、さまざまな考え方や意見で社会が分断されることも少なくありません。コメントにはやはり気を遣いますか?

「コロナ禍は難しいですね。社会が不安になると、鬱憤が溜まっていろいろな衝突も起こりやすくなって、ニュースを伝えている僕たちにバッシングが向くこともあります。当然です。それで僕、最初はバランスを取りにいくような中立のコメントをしてたんですが、バランスを取ろうが何をしようが批判されるときはされるんだなと。『辛いなぁ』と思ってメンタル的にもきつかったんですけど、どこかで吹っ切れてからは、実はバランスをとるフリをして逃げていたのではないかと考えるようになりました」

――なるほど。

「もちろん人を傷つけることはあってはならないところですが、人間が発信する以上、どうしても少しは偏るし、それも含めて視聴者に判断していただけるといいのかなと。バランスを取れば取るほど、何か言っているようで何も言ってないというか、毒にも薬にもならない場合があるので、それならある程度、自分の思いや意見は発信していきたいなと。大切なのは、その言葉を発したことに対するバッシングで、自分が傷つく覚悟があるかどうかがすべてな気もしています」

■“この地位を守りたい”としがみついたら終わり。アナウンサーは天職か?明日、転職するかも(笑)
――ところで、もともとアナウンサーを志望した動機は何でしたか?

「第一志望を決めず、いろんな企業を見て回ったのですが、この仕事を最終的にやりたいと決めた理由は3つあります。『一般業種のサラリーマンでは出会えない人脈を築ける』『生放送という非日常の環境』『カメラの前でしゃべるという緊張感が得られる』。多分、ドMなんでしょうね(笑)。慣れてくると、『もっともっと!』という感じでまた別の刺激が欲しくなるんです。なので今の環境は、日々ありがたいなぁと。ただ、“天職”かどうかと聞かれるとそれは分からないです。自分の中では『明日、転職します』も全然アリだと思っているので(笑)。僕個人の考えですが、しがみついた瞬間に終わる気がするんですよね。“この地位を守りたい”とかね。いろいろな人生がありますし、そう思われる方ももちろん素敵だと思いますが、僕はどこかで“今にしがみつきたくない”という思いがあるんです」

――それは自分の視野や可能性を狭めたくないということですか?

「自分が全然できないことをやっていたいんです。だから、“なんとなく見えたな”みたいなのがすごく嫌で。“これはヤバイ、できない”って頭が真っ白になる瞬間が好きだし、器だとしたらその中で綺麗にやっているよりも常に溢れていたいんです。だから会社にもよく言っていますよ。『新しいことをやらせてほしい』『恥をかきたい』って。恥をかいた瞬間に伸びしろが見えるのがうれしいんです」

――意外と言っては失礼かもしれませんが、とてもハングリーな一面があるのですね。報道キャスターのイメージとギャップを感じます。

「よく言われます(笑)。これはもう報道番組の性質ですけど、真面目なイメージがあるみたいで、話すと驚かれることは結構あります。ということは、逆にそれが使えるんじゃないかと。自分のそういうキャラクターがもし確立されているのであれば、自分も視聴者もいい意味で裏切って、一番キャラじゃないことをやりたいです。バラエティなのかドラマなのか…何かは分からないけど、報道を長くやってきたことを逆手にとって、今の自分を一番壊せることに挑戦したいです」

■低迷するテレビ業界をひっくり返すことができるのは、会社員だからこその強み
――会社員という立場でアナウンサーを続けている理由はありますか?

「フリーになったことがないので、そっちがどういう感じなのか分からないんですけど、僕は今、会社員というところにプライドを持っています。会社員の面白さは、ひとつの会社のチームで仕事ができること。これだけメディアが多様になる中でテレビやラジオは本当に厳しいんですけど、まだ負けたくない、ひっくり返したいという思いがあって、それを内側から変えられるとしたら会社員だなと。“いつでも転職できる”という身軽なスタンスでいつつも、局アナとして司会者として、行けるところまで行ってみたいという気持ちでいます」

――最後は少しライトな質問で、“アナウンサーあるある”があれば教えてもらえますか?

「人が話している言葉遣いやアクセントは気になりますね。面倒な人間になってしまうので絶対に指摘はしないですけど、心の中で“こっちなんだよな〜”って(笑)。時代と共に変わっていくこともあるんですが、一応全てに正解があって、アクセント辞典というもので我々は頭に入れているので、つい気になってしまうんです。自分がそんなふうになるとは思わなかったですけどね。やっぱり、面倒くさい人間です(笑)」