われわれの身の回りの商品の多くは、大きく値上がりすることがない。低価格で多様な商品が販売され、消費者は良いものをいかに安く買うかを考えがちだ。だがこうした日本人の消費の傾向は先進国では異例だという。その課題について、物価研究の第一人者に聞いた。
聞き手/構成・編集部(濱崎陽平)

編集部(以下、──)日本は先進国の中でも特に物価が安いといわれる。なぜ日本はそのような状況になったのか。

渡辺 過去30年以上にわたって消費者が「物価は上がらない」という観念に縛られているため、企業が値上げに踏み出せないのが理由だろう。かつて1980年代の日本の物価は他国に比べ高く、海外旅行に行けばそれが実感できた。当時はプラザ合意などの影響もあって円高基調だったが、国内物価は下がらなかった。

 ところがバブルが崩壊し、平成の長い不況に入る。この間、日本の物価は安くなり消費者の物価に対する目は厳しくなっていった。2008年の金融危機後、日本は経済面で回復を見せたものの、物価は上がらなかった。日銀や政府もこの状況を放置した。2000年代初めに政府・日銀がデフレ回避の姿勢を明確に打ち出せていれば、ここまで消費者がかたくなにはならなかっただろう。

 12年からのアベノミクスでは、金融緩和で円安を引き起こし、物価上昇が企図された。だが結局、起きたのは円安までだった。特に輸入品を用いて商品を製造する会社は、円安の影響で原材料費の高騰分を価格に転嫁することを何度も考えたが、値上げによって消費者が逃げていくことを恐れ、踏み込めなかった。政府の想像以上に、消費者が値上げに対して敏感になっていた。それが現在まで続いている。

内外価格差(日本CPI「外食」/米国CPI「外食」)
(出所)筆者作成

──人々の賃金が安いことも影響しているのか。

渡辺 原材料価格が上昇しても企業が価格に転嫁できない状況だが、これは人件費でも同じことが起きている。経営者が従業員に報いたい、あるいは新たな人材を高い報酬でリクルートしたいと考えても、人件費の増加を自社製品の価格に転嫁できないので、結局賃上げを躊躇してしまう。

 賃上げができず価格も上げられないとなると、原材料価格の高騰などは、結局製品を作るための工程に関わる人々の人件費に皺寄せがくる。「誰かが犠牲になる」ことで今の価格も賃金も維持されている状態だ。消費増税などを除けば、日本の物価水準は1995年から現在まで、ほぼ一定となっている。特に外食や、理美容などが典型例であり、そこで働く人たちの給与水準も上がっていない。こうした状況を変えていく必要がある。

 80年代までは価格や賃金が毎年上がるという日本経済の健全な常識があった。人々は物価が上がることに対しては納得していた。同時に自分の賃金も上がるからだ。同様に企業も価格を上げても消費者に受け入れられるから、賃金を上げることができた。 

──商品の値段を上げられない企業は、商品製造においてどうコストを吸収しているか。

渡辺 特徴的なのが商品の小型化だ。価格は変えずに、お菓子の袋を以前に比べて小さくしたり、弁当の容器の底を上げたりして容量を少なくしている。

 これは2008年ごろに初めて見られた。当時小麦の輸入価格が上昇し、パスタメーカーが容量を小さくして価格は据え置いた。いったんこの傾向は減ったように見えたが、13年ごろから円安の影響で、また増加した。今までと同じ価格を払っているのに小さくなることで食べがいがなくなる。その意味では消費者も被害者といえる。