NHKの大河ドラマ「光る君へ」には、『源氏物語』や『枕草子』のモチーフがたびたび登場し、ファンをわかせています。そこで、ドラマ内で見たい『源氏物語』の名シーンのアンケートを実施したところ、1位はぶっちぎりで「あのシーン」に票が集まりました。平安文学を愛する編集者・たらればさんとともに、『源氏物語』にありすぎる名シーンの数々を振り返ります。(withnews編集部・水野梓)

半数が投票「青海波を舞うシーン」

水野梓・withnews編集長:4月にXでアンケートを呼びかけ、多くの方にご協力いただきました。

<アンケート:大河ドラマ #光る君へ これから先のドラマ内で「見たい」、またはこれまでのドラマで「見てうれしかった」、『源氏物語』の名シーンはどこでしたか?ぜひアンケートで教えてください>

水野:なんと約890件もの回答をいただきました〜! ありがとうございます!

たらればさん:ありがとうございます! みなさんのコメントが本当に熱くて。読むのに半日かかりました(笑)。

水野:今回はまず、たらればさんがピックアップしてくださった、『源氏物語』に登場する16の名シーンのランキングを紹介したいと思います。

第1位は予想通りでしょうか? 「選択肢(5)」、「紅葉賀」で、光源氏と頭中将が青海波を舞うシーンでした! なんと回答者の半数の方が票を投じていらっしゃいます…!

<1位 439票 49.2%
(5) 朱雀院の行幸にて、色づき舞い散る紅葉のなか光源氏と頭中将が二人そろって青海波を舞い踊り、あまりの美しさに聴衆が涙し「まるで極楽のようだ」と口にするシーン[紅葉賀]>

たらればさん:このシーンの人気は、マンガ「あさきゆめみし」の大和和紀先生の構成力というか、絵の力というか…それが大きく影響して入ったんじゃないでしょうか。

水野:わたしもやはりこのシーンは、見開きで描かれた、美しい光源氏と頭中将の青海波の「あさきゆめみし」を思い出しますね。

カラーで、動画で見られる感動

水野:アンケートにいただいていたコメントを紹介します。

<いつも楽しみに聞いています。なんといっても「青海波」のシーンでしょう。45分間ずっと踊っていただいてもいいのではと思います>

たらればさん:45分はちょっと(笑)。YouTubeで青海波を踊っている皆さんの動画がいくつか見られるんですが、「ダンス」というよりは、だいぶゆっくりした「舞い」なんですよね。

それを見ていると、たとえば現代においてPerfumeさんやアイドルの皆さんがステージでちゃんと動きをそろえて踊っているのを見ると「ふわー、すごい!」となるように、人びとは昔から「そういう動き」に魅了されるんだな、というのがよく分かります。

ただ、この青海波のシーンって、『源氏物語』のかなり前半部分なので、藤原道長(柄本佑さん)と藤原公任(町田啓太さん)がやるなら若いうちにやってもらわないと、という感じですね。

水野:道長は歳を重ねて出世もして、「自ら踊る人」ではなくなっていきますもんね。

たらればさん:もしくは道長の息子世代でやっていただいてもいいんですが…。

水野:こんなコメントもありました。

<「あさきゆめみし」連載中に高校生活ど真ん中だったので、装束のしわの入り方や腕をまくる時のさばき方、御簾のミラー効果など、カラーで人物が演じるのを観られるのは眼福で、情緒が不安的になるたらればさんのお気持ちもよく分かります。やはり、カラーで観たいのは何と言っても「紅葉賀」!!でも、どの場面も尊いです>

たらればさん:実物では一生見られないと思っていたんですよね、分かります。

普通の人は、御簾の内側から外側がどう見えるか、なんて分からないじゃないですか。
今、『光る君へ』では、たとえば一条天皇の側から、御簾の向こうに左大臣・右大臣を見ているシーンなんかが出てきますよね。

『源氏物語』の藤壺(光源氏の継母)もあんな風に、紅葉賀の舞を見ていたんだろうな、とか。もっと近くで…、砂かぶりで見ていたかっただろうな、とか思ってしまいますね。

サスペンスホラーのような仕立て

水野:次は2位です。ここからはもう、混戦です。2位は、光源氏の正妻・葵の上が出産のとき、六条御息所に乗り移られるシーンでした。

<2位 217票 24.3%
(7) 葵の上出産で嫉妬にかられた六条御息所が生霊となって光源氏を恨む歌を詠む&御息所には生霊の記憶がなかったが髪や体から芥子の香りが立ち昇り自覚するシーン[葵]>

水野:六条御息所は、自分では意識していなかったけれど、髪や体から生き霊を追い払う際に焚く「香」の匂いがして、自分が葵の上を呪い殺してしまった…ということに気づくんですよね…怖い…。

たらればさん:『源氏物語』を代表する名シーンのひとつですね。

「葵」というのは前半部分のハイライトを集めたような巻です。六条御息所との「車争い」も葵ですしね。

ここは本当に、サスペンスホラーみたいな仕立てで、原文で読んでもハラハラするシーンです。

『源氏物語』では、この葵の上の出産の前に、夕顔が怨霊にたたり殺されて死んでしまう場面があります。ここではミステリアスな死に方をして、誰の怨霊なのかが分かりません。

そして葵の上が苦しむ、誰かが乗り移っているけれど、それが誰かは分からない。怨霊が葵の上の口を借りて見事な、そして辛辣な和歌を詠んだところで、光源氏と読者だけが「六条御息所だ!」と分かるわけですね。

リアリティもあるし、恐ろしいし、うろたえる源氏の情けなさもあいまっていて、非常に読ませます。またこの和歌がいいんですよ。

<「嘆きわび空にみだるるわが魂を 結びとどめよしたがひのつま」

(私訳/嘆き苦しみながら空へ乱れ飛ぶわたしの魂を、どうか下前(したがい)の褄(つま)を結んで留めてください)>

水野:道長のもうひとりの妻・源明子さまを演じる瀧内公美さんが、道長の父・兼家を呪うところで、「六条御息所のようにやってください」とは言われていた、とインタビューに答えてましたよね。

でも生き霊は出てきていないので、誰かが生き霊になって…というのもありかなぁと思ってしまいます。

「よく思いつくなぁ」蛍で浮かび上がる姿

水野:次は3位です。暗い御簾の中に光源氏が蛍を放って、玉鬘の美しい姿が浮かび上がるシーンですね…!

<3位 211票 23.7%
(10) 言いよる兵部卿宮に対して薄暗い御簾の内に光源氏が蛍を放ち、またたく光に玉鬘の美しい姿が浮かび上がって「泣かぬ蛍が身を焦がす」と詠むシーン[蛍]>

水野:養女として引き取った玉鬘への光源氏の態度って思わせぶりで、恋なの?親心なの?どっちなの?っていつも腹立たしく思ってしまいます(笑)。

たらればさん:千年間、みんながそう思ってますね。おい光源氏、玉鬘はきみの養女だぞ、たいがいにしろ、と(笑)。

でもこの美しいシーンを演出したのは光源氏なわけですよね。暗いところに玉鬘と兵部卿宮を呼んで、蛍を放つという。「よく思いつくなぁ」と思いますよ。

こういう趣向が昔にあったのでしょうか。とてもひとりで思いつくとは考えられません。

今回、名シーンの選択肢を16個、書き連ねたんですけど、作家としての紫式部に対して、「よくこんなに思いつくなぁ…」と思いました。「名シーンの乱れ打ちじゃん!」っていう。いろいろ迷って削ってやっと16シーンですから。

水野:それだけ紫式部は宮中の人びとを人間観察していたんでしょうか。

たらればさん:明治初めごろまで、『源氏物語』は作者が複数いた(おおぜいの合作だった)という説がわりと一般的だったと言われています。こんな大作をひとりの人間が作れるわけがない、「集合知」だったんじゃないか、と。

でも現代のわたしたちは、『失われた時を求めて』が一人で書かれたものだと知っています。『百年の孤独』も『大菩薩峠』も、偉大な作家がひとりで書いた。

それに『源氏物語』を没頭しながら一気に読んでいると、話の盛り上げ方とかセリフ回しだとか、ひとりで作ったんじゃないかという気がするんですよね。

もちろん複数人説をとなえる作家さんもたくさんいるので諸説分かれていますが、そうした中で、わたしは某漫画家の先生の説を支持しています。

その先生いわく、「『源氏物語』製作時は、漫画家みたいにひとりのエース作家がいて、その周りに優秀なアシスタントがたくさんいたんじゃないか」と。シンクタンク方式ですね。

水野:ありそうですね!

たらればさん:アイデアに行き詰まったらみんなで話し合って案を出して、「それいいね!」みたいな。合議制のようなものがあったんじゃないか。今の長編漫画もそうやって作られることが多いので、と。

水野:おもしろネタブレストとかやっていてほしいですよね。

たらればさん:「そういえばこんなひどいやつがいて」とか「こんなやついるいる」とか。

水野:「蛍を入れて暗い御簾を浮かび上がらせる」という演出は、道長が一条天皇(塩野瑛久さん)に娘の彰子さまのもとに来てほしくてやる…とかありそうですよね。

たらればさん:そうだったら興奮しますよね。

でも、『源氏物語』では、兵部卿宮は最終的には玉鬘に振られちゃうんですよね…そんな元ネタを踏まえても、『光る君へ』のシーンに採り入れられたら楽しいです。

◆これまでのたらればさんの「光る君へ」スペース採録記事は、こちら(https://withnews.jp/articles/keyword/10926)から。次回のたらればさんとのスペースは、6月2日21時〜に開催します。