この世に実在しない〝果実〟の味を空想だけで再現した――。そんなグミが「いろいろ実験的過ぎておもしろい」とSNSで話題です。食品業界の中の人々も感嘆した奇抜な発想。メーカーに裏話を聞きました。

「ゴーサイン出した経営陣すきだわ」

話題になったのはカンロのグミ「空想果実」シリーズ。


特設サイトには「世の中には、まだ知られていない〝空想のような果実〟が実在する」と説明があり、4月30日には、そのひとつ「ウチャチャの実」が全国のセブンイレブンで発売されました※。(※店舗によっては取り扱いがない場合もある)

パッケージを見ると、「ウチャチャの実」はオレンジ色で、頭が触手のように割れた果実。「サンクトス科 ウチャ属」というそれっぽい分類が書いてありますが、その下には「この果実はフィクションです」。

その〝設定〟に、SNSもざわつきました。

「いつき@食品メーカーの中のひと」(@itsuki26_labo)さんはXで、《流石に投稿せざるを得ない》《たまに形容しがたい味の試作品が出来ることはあれど、まさかその売り出しに存在しない果実を持ってくるとは…。》と衝撃を投稿。

その投稿には「食品メーカー的な発想から飛び抜けている」「これで行こうとゴーサイン出した経営陣すきだわ」などとコメントが寄せられ、2.4万件のいいねがつきました。

「作っていて楽しかったろうな」

「なんか少し悔しくなってきたぞー。10年以上食品業界にいてこういう発想が一度も浮かばなかった」ともつぶやいたいつきさん。

食品メーカーで10年以上研究開発に携わった経験がありますが、「これまでも、クレヨンしんちゃんの『チョコビ』など、アニメやゲームの実在しない『商品』が具現化された例はたくさんありました。でも、『原料』として実在しないものを存在しているかのように見せ、その実在しない原料を使った商品を販売しているものは、私の知る限り初めてでした」と言います。

「メーカーの人間としても作っていて楽しい商品だったろうなと思いました」

「既存の味わいから一歩踏み出す」ために

なぜ「空想果実」のような商品が生み出されたのでしょうか。

カンロの広報に問い合わせたところ、社内の「空想果実ラボ」から返答がありました。

背景には、近年「過去最大の市場規模」にまで急拡大した「グミ市場」がありました。

グミは「味や食感、色、形など多様な物性を再現することができる」商品。ゆえに多種多様な商品が販売されてきた一方で、主流はグレープやレモンなどの果物や、コーラやソーダなどの飲料といったお菓子の定番フレーバーでした。

そこで、「グミに求められるのは『新しいことへのチャレンジ』だ」と考えて立ち上がったのが空想果実ラボだといいます。

「既存の味わいから一歩踏み出す」ことを目指した結果、「『未知の果実』を再現する」という「『自由な空想』だからこそ可能な、新しい仕掛け」にたどり着いたそうです。

「この世に存在しない味」の作り方は

その商品開発の仕方は、ユニークでした。

まず「どんな果実を発見したのか」をみんなで報告し合うことから始めます。

「毎回、会議は、会議室のテーブルが(空想の)果実を描いた紙で埋め尽くされるほど、たくさんの報告書に囲まれる、楽しい時間です」

その中から、一つを選び、その果実のストーリーや造形、味を、みんなで空想しながら作っていくそうです。

通常、「この世に存在する味」のグミを作るときは、「こんな味」というターゲットフレーバーがあります。しかし、それが存在しない「空想果実」は、研究開発者との打ち合わせの際に、掘り下げたこの〝ストーリー〟を研究開発担当と共有し、「こんな味がしそう」「香りは…」とイメージをつなげていくそうです。

飛散力がある〝キラスピカの実〟の味は

味の決め手になる〝ストーリー〟は詳細です。

たとえばシリーズ第1弾は、昨年1月に一部地域限定でテスト的に発売し、その後、全国で発売された「空想果実 No.00001キラスピカの実」。

青く光る星のような見た目の果実で、人里離れた寒地「ブルーナイフ」の山岳でのみ確認されている、という設定です。

「月光を吸収した果肉は半透明」で、「満月の夜にまばゆい閃光とともにはじける」飛散力があり、そのせいか「毒性はないが辛味成分をもち、かじると舌先にわずかなしびれを感じる」とあります。

SNSでは食べた人が「さわやかな味」と表現していました。

世界観を作り「疑似体験」

開発の中で掘り下げたストーリーは、消費者に「疑似体験」をさせる仕掛けにも力を発揮しました。

空想果実ラボの公式X(旧Twitter)アカウントでは、世界各地に散って調査しているメンバーから、たびたび〝新発見の果実の報告書〟が寄せられます。

「商品やHPだけでは伝えきれない『世界観』を作る」ことを意識していると言います。

4月1日には、空想果実ラボの調査員が「新種の果実を発見!?」と、ジャングル奥地の画像を投稿。午後には「猿と見間違えていました」と訂正して「エイプリルフール」を演出したのですが、実は見間違いではなく、後日、空を飛ぶ新種の果実だったと報告。

シリーズ第2弾となる「空想果実 No.00007 ウチャチャの実」が発表されました。

「グミユーザー」が求めるものを見据えて

「『空想果実』の自由な世界観を広げるため、『実在しなさそうな果実』であるキラスピカからあえて距離を取り、『ギリギリ実在しそうな果実』を取った」というウチャチャの実。

レレンガ川流域の原生林で見つかり、現地の言葉では「陽気な猿」を意味するそうです。なぜ空を飛んだのかも説明されており、「果実の成長を促すエチャレンガスにより、独特の甘い香りを持つが、成熟するとガスが中に充満して宙に浮く」ため。

SNSでは、空想果実の世界観を深め、想像が膨らむように、生育地で調査員が出会った原住民の写真も発信しています。

「グミユーザーは、味や食感・色・形といった『美味しさ』や『新しさ』の要素だけでなく、グミを通じた〝SNSコミュニケーション〟の面白さ、双方向性を楽しんでいる層だと捉えています。そんなグミユーザーを巻き込んで、一緒に物語を作り上げる・共創していくことも狙いのひとつです」

SNSでは狙い通り、ウチャチャの実を食べて、味は「グアバ」「梨」「マンゴー」に近いなどと報告する人も相次ぎました。

第3弾の発売は未定とのことですが、空想果実ラボメンバーはこう締めくくりました。「皆様により一層お楽しみいただけるよう、引き続き新たな果実を探します!」