【大谷翔平 〜高校時代と35歳の姿〜 後編】「漫画を超えた男」の鮮烈な記憶は1000年後の記録となる

【大谷翔平 〜高校時代と35歳の姿〜 後編】「漫画を超えた男」の鮮烈な記憶は1000年後の記録となる
 二刀流である限り、大谷翔平(エンゼルス)は歴代上位となる大記録を残せない。大記録こそが偉大な選手の証だ。大谷を巡っては“大記録未達成”を危ぶむが故に、こんな声が聞かれる。ここまで凄すぎる投打で周囲を黙らせてきたが、大谷の周囲には常にザワザワ感が漂う。

 このザワザワ感は、進路を「メジャーリーグ一本」に絞った高校3年秋の大谷を見て、周囲が対応に困ったときから続いている気がしている。

 とはいえ、大谷の「二刀流」は道半ば。その先に広がる景色、結末は、まだ誰も目にしたことのないものだ。そこで週刊野球太郎では、高校時代の大谷の素顔、揺れる思い、凄みを振り返りつつ、10数年後の大谷の姿を予測したい。高校時代から大谷を取材してきたライター・菊地高弘氏が大谷の「高校時代と将来の姿」に迫る。

◎200勝・2000安打すら陳腐に思わせる「強烈な記憶」

 大谷翔平について語る際、私はよく「漫画を超えた男」と形容する。

 もし10年前の漫画家が「投手としてMAX165キロを計測して、打者としてもホームランを連発する二刀流」の漫画作品を描こうとしても、ネーム段階で編集者からボツを食らうだろう。おそらく「やり過ぎ」というダメ出しを受けるはずだ。

 2012年ドラフト会議で大谷が日本ハムに1位指名されて以降、「二刀流」というアイデアには賛否両論が巻き起こった。多くの評論家が「プロはそんなに甘いものではない」「どちらかに絞るべき」と批判的なコメントをしていた。

 私も一介のライターながら、大谷の高校時代を取材していた者として、ラジオや雑誌などで意見を求められることがあった。そのたびに「投手・大谷を続けさえしてくれれば大賛成です」と答えていた。

 個人的に初めて大谷に惹き込まれたのが「投手・大谷」だった。高校時点で完成度の高かった打者として先に結果を残してしまいそうだけど、早々に投手に見切りをつけないでほしい……。そんな思いから発した言葉だった。

 だが、私は自分の見方が正しかったとも、大谷を批判した評論家が間違っていたとも思わない。投手か野手、どちらかに専念していれば、とてつもない記録を打ち立てたかもしれない。

 記録は私たちに野球の深みを教えてくれる。

 超満員に膨れ上がったスタジアムの熱狂は、一時もすれば冷めてなくなってしまう。だが、記録は未来永劫、野球がなくなるまで残り続ける。100年後、1000年後の野球ファンが過去を知る手がかりになるのは記録である。

 歴史上、多くの名選手が先人の打ち立てた記録に挑んできた。王貞治(元巨人)の868本塁打、金田正一(元国鉄ほか)の400勝、福本豊(元阪急)の1065盗塁……。いずれもこれから塗り替えられることがイメージできない大記録だ。しかし、これからも野球が続く限り、誰かが突破する可能性は残されている。

 では、大谷はどうか。当然のことながら、投手と打者の両方を続けるということは、記録を残すという意味ではどうしても不利になる。大谷が日本ハムでの5年間で残した成績は、投手としては42勝15敗、野手としては296安打、48本塁打。高卒選手ということを差し引いても、突出した数字ではない。

 しかし、大谷という前代未聞の選手に「200勝」や「2000本安打」といった既存の枠組みを持ち出したところで、とたんに陳腐に思えてしまうことも確かだ。大谷は記録には残らない、強烈な「記憶」を野球ファンに植えつけてきたからだろう。

 大谷ほど突き抜けてしまえば、何が正解なんて言えない。ただ一つ言えることは、おちゃらけではない「二刀流」を5年間も見せてくれた日本ハム球団と大谷本人に、一人の野球ファンとして感謝の言葉を贈りたいということだけだ。

 そして、大谷翔平は海を渡った。まだ潜在能力の底を見せていない、23歳の一流日本人選手がメジャーリーグに移籍した例はない。そして「二刀流」という価値観を野球の本場に持ち込むことは、野茂英雄(元ドジャースほか)やイチロー(マリナーズ)といったパイオニアが与えた以上のインパクトがあるはずだ。

◎35歳、40歳、50歳…。大谷は記録となり1000年後の野球ファンを驚かせる

 ただし、今後を考えると危惧すべきことがないわけではない。

 大谷が21歳のシーズンにこんなことを聞いたことがある。「投手の筋肉と野手の筋肉は質が違う」と言う人もいるが、どう思うか? と。大谷は少し考えてから、こう答えた。

「僕はまだ投手の筋肉、野手の筋肉と言えるほどの体になっていないので、まずは野球選手としてベースになる体を作っています。その後のことはまだ、わからないですね」

 人間は関節部分の「骨端線」が閉じると身長の伸びが止まり、大人の体になって筋肉がつきやすくなると言われる。大谷は20歳近くまで骨端線が閉じず、身長が伸び続けていた。だから高校時代は身長を伸ばすことを優先して、過度な負荷のかかるトレーニングをしていなかった。あれだけのパフォーマンスを発揮しながらも、大谷の体は発展途上だったのだ。

 花巻東時代の佐々木洋監督も「大谷が本格化するのは25歳くらいでは?」という見通しを語っていた。いずれ大谷の体が本格的に仕上がった時期に、「投手・大谷」「野手・大谷」どちらを優先するのか。

 ただ、この見方は「30代を超えても二刀流を続けるのは難しいのでは?」という、いかにも常識にとらわれた私の推測の前提で成り立っている。大谷ならば投打両面で力を発揮できる体作りを成し遂げ、二刀流生命を太く長く輝かせる可能性も十分にある。

 大谷は常々、「常識にとらわれたくない」と口にしている。40歳になろうと50歳になろうと、体を動かすためのトレーニングを積んで、現役生活を送りたいと考えている。

 さすがに50歳まで現役生活を続けたら、記録の面でも大谷は日米にまたがって大記録を残すだろう。

 そうなれば、1000年後の野球ファンは大いに驚くはずだ。「なんだ、この大谷翔平という選手は! 投手で200勝、野手で2000本安打を達成しているじゃないか!」と。

 もはや「二兎を追う者は一兎をも得ず」という言葉を死語にしてしまった大谷である。常識破りの極限として、凡庸な私にはもはやそれくらいしか思いつかない。


文=菊地高弘(きくち・たかひろ)


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