《野球太郎ストーリーズ》巨人2013年ドラフト3位、田口麗斗。原監督との夢物語をかなえる笑顔のドクターK
松井裕樹を1位指名しなかった巨人の3位指名は「西の松井」とも称された広島の奪三振マシンだった。笑顔が印象的な左腕には、ある夢物語があった。

◎「西の松井裕樹」との対面

(いい顔してるな〜! なんて人懐っこそうな愛嬌のある笑顔なんだろう!)

 甲子園不出場選手から唯一、U-18日本代表に選出されたドラフト候補に取材を敢行したのは9月中旬。「西の松井裕樹(桐光学園高→楽天1位)」と称される逸材に名刺を渡しながら、心の中でそうつぶやいていた。野球マンガ『キャプテン』に登場する「イガラシ」にどことなく似ているなと思った。

 今夏の広島大会決勝では延長15回213球を一人で投げ抜いた末、無失点ドロー。決勝再試合で敗れ、甲子園出場は逃したが、最速147キロのストレートと切れ味鋭いスライダーを武器に、63イニングで81奪三振を記録。絶やさぬ笑顔でチームを引っ張る姿も強く印象に残った。

「最初はサッカーをするか、野球をするかで悩んだんです」

 広島県で生まれ育った田口少年が、野球を本格的に始めたのは小3の時。地元のクラブチーム「観音少年野球」に入団した理由は、「練習場が、サッカーチームの練習場よりも、自宅に断然近いから」というものだった。
「自分が頑張ってる姿を親に見てほしかったので、親が気軽に応援に来られるほうを選びました」

 野球の楽しさにのめり込むのに時間はかからなかった。人生初マウンドは小学3年の夏。以来、今日までピッチャー一筋。しかし小学生時代は「スピードはあるが、コントロールはからっきし」という評価を受けるタイプだった。

◎コンプレックスを克服!

 五日市立観音中に進むと軟式クラブチームの観音シニアに所属。田口には「中学ではノーコンとは呼ばせない!」という強い思いがあった。

「具体的におこなったことはシャドーピッチングとランニング。この二つだけは誰よりも必死に、妥協せずにやろうと決め、毎日続けました」

 地道な取り組みは実り、制球力は着実に向上。中学3年を迎える頃には「コントロール抜群」という評価で周囲の目は一致していた。

 田口の恩師である広島新庄高・迫田守昭監督は初めて田口の投球を見た際の印象を次のように語る。

「キレのあるストレートは中学3年ながら130キロ近く出ていたし、とにかくコントロールがよかった。高校でも1年目から試合で使っていける素材だと思いましたね」

 広島新庄高では1年秋より主戦を務めた。ストレートの最速スピードは1年秋が136キロ、2年秋が144キロと順調にアップ。3年夏の広島大会で自己最速となる147キロをマークした。

 迫田監督は「ストレートのコントロールとキレは今まで見てきた歴代の教え子の中で一番」と絶賛する。

「スピンはしっかり効いているのにボールに重さもきちんとある。力投派なのにコントロールが抜群。なかなかそういうタイプっていないものなんです」

 田口は言う。

「試合の中で1個でもフォアボールを出したらショック。フォアボールありのノーヒットノーランよりも無四球無失点のほうが自分は嬉しい」

 小学生時代、制球力のなさにコンプレックスを抱いていた投手が、たゆまぬ努力の末に手に入れたあまりにもハイレベルな境地である。

◎そして夢だったプロの世界へ

 今夏、「広島のドクターK」と称された圧巻の投球とは別のところで筆者が惹きつけられたのは、笑顔を絶やさない田口のプレースタイルだった。田口によれば「笑顔を意識するようになったのは2年生の夏頃から」だという。

「ある日の練習試合中でふてくされたような態度をとってしまった際、迫田監督から注意を受けたんです。『ピッチャーがマウンドで面白くない表情をしてたら、チーム全体に伝染して、みんなが面白くない気分になってしまう。でもピッチャーがマウンドで楽しそうに投げていたら、周りの選手も楽しくなってくるものだ。そういう大事なポジションを自分は任されているということをもう少し自覚しなさい』と。ものすごく納得できたんです。そこからですね、ゲーム中は常に楽しそうな表情でいようと決意したのは」

「野球を始めた時からプロ野球選手になることしか考えられなかった」と田口。

「小学生の時の作文では、自分のサヨナラホームランで優勝を決めて、巨人の原辰徳監督と焼きそばパーティーをするという夢物語を書きました」

 そんな微笑ましいエピソードで結ばれた取材だったが、その約1カ月後、田口を3位で指名したのは、原辰徳監督率いる巨人。

 夢物語の現実化を願わずにはいられない。

(※本稿は2013年11月発売『野球太郎No.007 2013ドラフト総決算&2014大展望号』に掲載された「30選手の野球人生ドキュメント 野球太郎ストーリーズ」から、ライター・服部健太郎氏が執筆した記事をリライト、転載したものです。)