市街地にまで出没するようになったクマ、どうしますか?

読売新聞6/20(金)15:30

 クマが市街地に出没し、建物に立てこもったり、人を襲ったりする被害が全国で相次いでいます。「駆除はやむを得ない」という声がある一方、クマを寄せ付けない環境作りが重要だとする意見もあります。人里へと活動範囲を広げるクマに、人はどう対処すべきなのでしょうか。

[A論]駆除して安全を確保…雑食 人に危害の恐れ

 昨年11月、秋田市の市街地にあるスーパー「いとく土崎みなと店」に成獣のクマ1頭が侵入し、男性従業員を襲って顔などにけがを負わせました。周辺には小学校や病院もあり、住民には「こんな街の中にクマが」と不安が広がりました。

 クマは丸2日間店内に居座った末、市が仕掛けた箱わなに掛かり、殺処分されました。市の担当課は「奥山に放しても、戻ってきて再び市民の安全を脅かす恐れがあり、駆除した」と説明します。

 クマの人里への出没は全国的に増加傾向にあります。環境省によると、2023年度には全国で2万4348件(北海道は件数非公表)の目撃情報があり、219人が死傷しました。いずれも統計史上で最悪の数字です。昨年度、市街地に出没するなどして捕獲されたクマは5344頭で、統計を開始した08年度の3・5倍に増えました。

 背景として、人とクマの生活圏を隔てていた里山が人口減少で荒廃し、クマが人の生活圏に近づきやすくなっていることが指摘されています。人や車を恐れず、エサを探し求めて市街地に出没する「アーバンベア(都市型クマ)」も増えました。

 クマは学習能力の高い雑食性で、一度エサの場所を覚えると再び出没する可能性が高いと言われています。岩手大の山内貴義准教授(野生動物管理学)は、繰り返し市街地に出てくるクマは人に危害を加える危険性があると強調。「人慣れし、里に依存したクマは、確実に駆除する必要がある。クマが増えすぎた地域では、わなを設置するなど適切な生息数に管理することも重要だ」と指摘します。

 被害拡大を受け、4月、市街地に出没したクマなどを猟銃で駆除することを認める改正鳥獣保護法が成立しました。秋にも、市街地に現れたクマが人に危害を与える恐れがある場合、市町村長の判断でハンターが撃てるようになります。これまで市街地では猟銃の発砲が原則禁止でした。ハンターが発砲できず、人が襲われる事故などがあり、猟銃を使う要件緩和を求める声が出ていたのです。

 盛岡市では4月に、JR盛岡駅近くの木にクマが登るなど、市街地での出没が相次いでいます。市環境企画課の冨手真一課長は「発砲の際、周囲の安全をどう確保するかなどの課題はあるが、迅速な対応が可能になる。クマによる被害防止につながるはず」と話しました。駆除にあたるハンターも、「人に危害が及んでからでは遅い。山に追い払うだけでは済まないほど、クマが出没しており、駆除はやむを得ない判断だ」と訴えています。

[B論]駆除頼らず共存模索…恐怖学ばせ山に放す

 駆除ありきではなくクマとの共存を探る取り組みも始まっています。

 クマと人の生活圏が重なる長野県軽井沢町の別荘地では、町からの委託を受けた地元のNPO法人「ピッキオ」が、捕獲したクマに人間の怖さを教えてから山に放つ「学習放獣」に取り組んでいます。

 わなにかかったクマを山に放つ際、目の前で花火を打ち上げたり、ゴム弾を撃ったりして、恐怖心を与えて放します。「ベアドッグ」と呼ばれる特殊な訓練を積んだ犬のほえ声で威嚇することも効果があります。スタッフの角屋真澄さん(31)は「クマは植物の種子を運び、豊かな森を育てる役割も担っている。なるべく駆除に頼らない方法で共存したい」と力を込めました。

 町では1990年代後半、クマがゴミ集積所を荒らす事案が年間100件以上相次ぎました。そこで、ピッキオでは98年から、人里に現れたクマに怖さを覚えさせた上で、電波発信器が付いた首輪を取り付け、山に帰すことにしたのです。

 クマが開けられないタイプのゴミ箱の設置も進め、2009年にはゴミ荒らしの被害をゼロに減らしました。10年以降、町の別荘地や住宅地で人身被害は確認されていません。

 ツキノワグマが絶滅危惧種に指定されている神奈川県も、捕獲したクマの学習放獣を基本としています。

 クマの生態に詳しい東京農業大の山崎晃司教授(動物生態学)は、クマが人里へと生息域を広げている現状を踏まえ、「山に押し戻す必要がある。人間とクマの生活圏を明確に分ける『ゾーニング』など、複合的な対策が必要だ」と指摘します。

 ゾーニングには、クマやイノシシがいる山林と人里の間に「緩衝帯」を設ける対策があります。クマは本来、臆病な動物です。見通しの良い場所を避ける習性があるため、クマが好む茂みを伐採して、人里に近寄れないようにする試みです。

 岩手県大槌町では、クマがやぶを通って住宅地へ出没し、保育園の近くをうろつくなど問題となっていました。そこで町が昨年5月以降、教育施設の周辺など10か所以上で刈り払いを実施したところ、23年度に99件だった出没件数が24年度は17件にまで減少しました。刈り払いを行ったエリアには1頭も出没しなかったといいます。

 整備を担当する町の地域おこし協力隊員、福島良樹さん(31)は「クマのテリトリーがどこまでなのかが曖昧だとクマが住宅地に迷い込んでしまう。まずはクマが出没しにくい環境を整えるのが先で、駆除は最終手段だ」と強調しています。

マタギ衰退 増えた個体

 クマが人里へと行動範囲を広げている背景には、人口減少や過疎化に伴う人間の経済活動の変化が影響していると考えられています。戦前の日本では、東北地方を中心に「マタギ」と呼ばれる専業の猟師が多くいました。捕獲したクマの毛皮を加工するなどして生計を立てていました。

 環境省によると、日本では1970年代まで、クマの捕獲頭数は年間2000頭前後で推移してきました。しかし、九州では80年代の捕獲を最後にクマが絶滅。生息数の減少への懸念から、94年には四国や紀伊半島などでクマの狩猟が禁止されました。

 森林総合研究所東北支所(盛岡市)の大西尚樹さん(52)は、こうした保護政策とあわせ、戦後の高度経済成長期を経てマタギ文化が衰退したことに着目。「クマの分布が拡大し、個体数も増えていった」と分析します。

 同省によると、本州のツキノワグマの分布域は2018年度までの15年間で約1・4倍に拡大。北海道のみに生息するヒグマの推定個体数は、20年度までの30年間で2倍以上に増加しました。

 国は昨年4月、クマを計画的に捕獲して頭数を管理する「指定管理鳥獣」に追加しました。都道府県などが行う駆除や学習放獣のほか、緩衝帯の整備などの対策、生息数の調査にも補助金が出るようになりました。クマを人が「管理」する時代となった今、駆除一辺倒ではなく、保護にも偏らないバランスの取れた対策が求められています。(盛岡支局 広瀬航太郎、小林晴紀)

[情報的健康キーワード]ナラティブ

 「ナラティブ」は英語で物語、話術、語り口といった意味があります。「ストーリー」が物語そのものを指すのに対し、ナラティブは語り手が自由に紡ぐもので、誰がどう語るかに視点が置かれています。

 SNSで偽・誤情報が拡散する要因の一つに、ナラティブがあるとされます。SNSの投稿には時に、投稿者の思いが込められます。とりわけ怒りや不安といった「負の感情」を揺さぶるような投稿は訴えかける力も大きく、それに接した人が投稿内容の真偽を判断せずに拡散させてしまうことが指摘されています。世論誘導にもナラティブが巧みに利用されています。

 SNSを利用する際は、ナラティブの特徴を理解した上で、情報の真偽だけでなく、誰がどのような意図で発信しているのかも確かめることが重要です。

おすすめ情報

読売新聞の他の記事も見る

主要なニュース

6/23(月) 22:05更新

社会の主要なニュースをもっと見る