プロレスラーの藤波辰爾(70)が15日、横浜市で令和6年能登半島地震復興チャリティー「〜おかえりなさい、猪木さん〜燃える闘魂・アントニオ猪木展」(16〜25日、MARKISみなとみらい1階)の内覧会に出席した。

 2022年10月1日に79歳で亡くなったアントニオ猪木さんは、横浜市鶴見区出身。2月20日の誕生日に合わせ、故郷での展示会が企画された。

 数々の写真パネルやガウン、IWGP、NWF世界ヘビー級ベルトなどゆかりの品が展示。藤波は、アフリカのタンザニアで撮ったという1枚の写真に目を止めた。

 猪木さんの付け人を務めていた1972年(昭和47)の新日本プロレス旗揚げ前後の写真だといい「猪木さんと海外遠征でも、プライベートでも海外に行った。僕はちょうど17歳のころ。2週間ぐらいアフリカにいたのかな」と振り返った。

 藤波は「最後の3日くらいだったかな。猪木さんが、日本から連絡があったということで、先に帰っちゃった。朝起きたら猪木さんがいないんです。突然なもんですから」と、アフリカに一人取り残されたことを明かした。

 「朝起きたら、ヤリを持ったマサイ族が立っていた。ボーッとして、猪木さんがいない。置いてけぼりを食った時の、アフリカの写真がある」と懐かしんだ藤波。世界をまたにかけた猪木さんとの二人三脚をしのんでいた。

(よろず〜ニュース・杉田 康人)