はなくいどり 「奈良の鹿愛護会」(奈良市)の「特別柵」に収容された鹿の衰弱ぶりが問題になって半年がたったよ。最近はどうなのかな。

 A 畑を荒らすなどした約250頭の鹿が暮らす特別柵だね。同会の丸子理恵獣医師の告発を機に、県や有識者の助言を受けながら改善に乗り出している。記者は先日久々に訪ねたけど、一目でわかるくらいふっくらしていたよ。

 は そうなんだ!

 A 丸子獣医師によると、雄鹿の死亡数は1~3月で5頭。昨年同時期は14頭だから格段に減っているね。えさの改善や、体格や収容時期に応じ区分けしたことが奏功したのではないかな。県の補助は微増し、えさ代は年100万円増額した。

 は それはよかった。

 A ただ、特別柵の将来は不透明だ。県庁で3月、研究者らでつくる「奈良のシカ保護管理計画検討委員会」が開かれ、野生の鹿を生け捕りにして特別柵に収容するのはやめていこう、との方針が確認された。

 は どういうこと?

 A そもそも特別柵ができた経緯は覚えていたかな?

 は 忘れちゃった。

 A 1970年代、鹿の食害に悩む農家が文化庁や愛護会などを相手取り損害賠償訴訟を起こした。裁判は和解に終わり、奈良市は三つのエリアに分類された。奈良公園と周辺から成る「保護地区」。公園から距離があり、鹿の駆除が可能な「管理地区」。そして両地区の間の「緩衝地区」。この緩衝地区で生け捕りにされた鹿が特別柵に収容されてきた。

 は そうだった。緩衝地区ってどの辺り?

 A 奈良公園と春日山原始林一帯をドーナツ状に囲むエリアだ。北側は川上町や中ノ川町、南側は白毫寺(びゃくごうじ)町など。山間部がある一方、西側は奈良女子大や奈良教育大周辺の市街地も含まれる。

 3月の検討委員会では緩衝地区でも駆除ができるように1年かけて決めていくことになった。

 は 大転換だね。

 A 議論の方向を決定づけたのは、元検討委メンバーの山形大・玉手英利学長の書簡だ。

 玉手氏も加わった3大学の共同研究では、鹿のフンや筋肉からDNAを調べ、保護地区の鹿が独特な遺伝的系統を有する一方、管理地区は市外由来の個体が多く、両者の交配が進んでいることを指摘した。

 村上興正委員長は、鹿の血筋を守るためにも緩衝地区の見直しが必要とする玉手氏の見解を読み上げ、「遺伝子攪乱(かくらん)が起きている。『神鹿』を保護しなければならない」と主張し、メンバーも同調した。

 は でも、その研究は緩衝地区を調べたわけじゃないでしょ? 緩衝地区にだって「神鹿」はいるんじゃないの。

 A その通り。取材に対し、玉手氏は緩衝地区の実態は研究が及んでいないことを認め、保護地区からの流入はあり得るとしているよ。そうだとしても、保護の対象は保護地区に集中させるべき、との考えなんだ。

 は どういうこと?

 A 天然記念物だから殺すに殺せない、でも畑を荒らすから放せない。愛護会に「お任せ」する形で特別柵は行き場のない鹿の受け皿になってきた。だが、動物保護の視点から野生動物を柵に入れるのは本来一時であるべきで、飼育するなら世話を行き届かせるべきだと玉手氏は主張する。その点では、衰弱を問題視した丸子獣医師の主張は「理解できる」と言う。しかし、愛護会の限られた態勢で特別柵の世話を手厚く続けるのは限界があるし、まさに今回その限界があらわになった。

 獣医師の告発をきっかけに公然の事実となったけど、緩衝地区が「矛盾のふきだまり」だと多くの検討委メンバーは前から認識していたんだ。

 は せっかく状態が改善してきたのに。特別柵はなくなるの?

 A 将来的にその可能性はあるが、何年も飼育してきた鹿を放ったり殺したりするのは非現実的だ。村上委員長は「まだ何も決めていない」と強調しているよ。

 は 山下真知事はこの問題をどう考えているのかな。

 A 知事は昨年末の会見で「駆除の範囲を広げざるを得ない」と明言し、検討委の結論を先取りした面がある。知事と検討委の見解が軌を一にする以上、駆除エリアの拡大は既定路線となった。

 は 出発点は衰弱した鹿への対処だったよね。なんだかすっきりしないな。

 A 駆除エリアの拡大で神鹿が殺処分されると市民が反発し、署名運動を始めている。観光のイメージの悪化にもつながりかねない懸念もある。緩衝地区の鹿による農業被害を食い止めるためにどんな手があるのか、丁寧な検討が先にあってよかったのかもしれないね。

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オシドリの「はなくいどり」は朝日新聞奈良総局の公式キャラクター。正倉院宝物にも描かれた吉祥文様です。花をくわえて、最新のニュースや身近な話題を求めて県内を飛び回ります。(机美鈴)