「やせ薬」は炎症も抑える、驚きの効果を解明、幅広い応用に光

肥満と2型糖尿病の治療薬、マウスで確認、アルツハイマー病などの治療にも役立つ?

2024.03.11
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注射薬のオゼンピックは、インスリンの分泌を促す、消化プロセスを遅らせる、食欲を減退させる、食べものへの興味を鈍らせるなど、さまざまな働きをもつ体内のホルモンをまねて作用する。(PHOTOGRAPH BY JAAP ARRIENS, NURPHOTO/GETTY IMAGES)
注射薬のオゼンピックは、インスリンの分泌を促す、消化プロセスを遅らせる、食欲を減退させる、食べものへの興味を鈍らせるなど、さまざまな働きをもつ体内のホルモンをまねて作用する。(PHOTOGRAPH BY JAAP ARRIENS, NURPHOTO/GETTY IMAGES)
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 オゼンピックやウゴービ、マンジャロなどの薬が近年、大きな話題になっている。2型糖尿病や肥満の治療における有効性が研究で示されたためだ。一方、2023年12月に学術誌「Cell Metabolism」に掲載された新たな研究により、このタイプの薬には、体全体の炎症を抑える働きがあることが明らかになった。全身の炎症を抑えるシグナルを脳に送り出させる作用が示唆されている。

 同時に、「GLP-1受容体作動薬」と呼ばれるこれらの薬が、アルツハイマー病やパーキンソン病といった神経変性疾患や自己免疫疾患など、幅広い病気の治療に役立つ可能性や、少なくとも新たな治療法のヒントになりうることも示している。

 この薬が非常に広く使われていることからも、今回の発見は「幅広い影響」をもたらすと、米ワシントン大学の内分泌学者マイク・シュワルツ氏は述べている。氏は今回の研究には関わっていない。

「これらの薬は、肥満や2型糖尿病の治療に使うものだとされていますが、もしかすると、ほかの使い道もあるのかもしれません」(参考記事:「糖尿病治療薬マンジャロは待望の減量薬になる? FDAが審査中」

 炎症とは、体内の脅威に対する免疫系の反応だ。免疫系が細菌やウイルスなどの病原体と闘うときに起こる炎症は良い炎症だが、2型糖尿病や肥満などの代謝性疾患に伴う不健康な炎症は、組織を傷つける可能性がある。(参考記事:「厄介な炎症では体を冷やすべきか、温めるべきか、PRP注射は?」

「感染症と闘ううえでは、良い炎症が必要になります」と、カナダのルーネンフェルド・タネンバウム研究所およびトロント大学の内分泌学者で、今回の論文の上級著者であるダニエル・ドラッカー氏は言う。「ただし、炎症が長期にわたって続くのは、特にこうした代謝性疾患を持っている場合には望ましくありません。なぜなら、心臓病や糖尿病、肥満の合併症などにつながるからです」

 GLP-1受容体作動薬を服用すると炎症が減ることは以前から知られていたものの、その理由や仕組みはわかっていなかった。

なぜか炎症が抑えられる謎

 ドラッカー氏は、GLP-1受容体作動薬(以下、作動薬)がどのように全身の炎症を抑えるのかを解明しようと考えた。

 GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)は食後に小腸から分泌されるホルモンだ。特定の細胞の表面にはGLP-1受容体という鍵穴のようなタンパク質があり、そこにGLP-1が鍵のように結合すると、細胞はさまざまな機能を果たす。作動薬は、このGLP-1(鍵)をまねて作用する。

 GLP-1受容体(鍵穴)が多くある細胞の大半は、インスリン(血糖値を下げるホルモン)をつくる場所である膵臓(すいぞう)と、食欲を制御する脳にある。ただし、体のあちこちにも、比較的少ない数のGLP-1受容体を持つ細胞は存在する。

次ページ:鍵穴が少ないのに大きな効果、なぜ?

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