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自らの非を決して認めず、屁理屈を重ねて謝罪を拒否――。不祥事を認めない政治家らに対する皮肉として使われた「謝ったら死ぬ病」という言葉が、一般にも広がっているようです。読売新聞の掲示板サイト「発言小町」には、この病を患う友人に困っているという投稿がありました。東京・京橋の原井クリニック院長で精神科医の原井宏明さんに、謝ったら死ぬ病について聞きました。
投稿したトピ主の「茶子」さんは、SNSを通じてAさん、Bさんの2人と知り合い、カフェ好きという共通の趣味で意気投合。3人でカフェ巡りをしたり、地方にあるカフェの情報交換をしたりする仲になったものの、待ち合わせにいつも遅れてくるAさんが「遅刻してごめんね」と謝らないことに困惑しています。
「毎回のことなんだから、別にいいじゃない」と悪びれないAさんは、茶子さんが「遅刻したことを謝ってほしい」と諭しても、言い訳を繰り返すばかり。財布を忘れたAさんの分をBさんが立て替えたときも、当然という様子で謝罪や感謝を口にしなかったそうです。Bさんは「あの子はきっと、謝ったり感謝したりしたら死ぬ病に侵されているんだよ」と気にしない様子ですが、茶子さんはどうしても割り切れず、Aさんに謝ってもらうにはどうしたらいいか、発言小町で意見を求めました。
このトピには、「私だったらAさんとの付き合いをやめる」「この先も付き合っていくなら我慢するしかない」などと、Aさんとの交友関係を続けるトピ主さんを疑問視する意見が相次ぎました。「謝ったら死ぬ病」になぞらえて、トピ主さんを「謝らせないと死ぬ病」にかかっているようだという指摘もありました。
医療関係者という「なみ」さんは、謝れない人はプライドが非常に高い上に、逆恨み能力はもっと高いと忠告。「謝れない人とはこれ以上交際できない」と正論を言えば、逆恨みされかねないとし、「触らぬ神に祟りなしを念頭に、そっと縁切りするのをお勧めします」と助言しました。
「謝ったら死ぬ病」についての分析や持論を披露する投稿もありました。残念なことに、この病は治療が非常に難しく、改善する見込みも期待できないようです。
「今までの生き方による『生活習慣病』ですし、初期治療をしなかったための『慢性病』です。今となっては完治が難しい『難病』です」(「エス」さん)
「その病気の特効薬はまだ開発されていません。開発されれば間違いなくノーベル生理学・医学賞の受賞は間違いなしです」(「レンコン」さん)
夫が「謝ったら死ぬ病」を患っていることを明かした「50代女性」さんは、「ありがとうとごめんねを私には言わない。例えば私の足を彼が踏み、痛いって言うとそんなところに足があるのが悪いと本気で怒る」と体験をつづり、「もう、嫌で嫌で30年慣れることはない」とこぼしました。
なぜ“病名”を付けるのか?
気分の落ち込みや解決困難な状況に“病名”を付けることは、珍しくありません。ゴールデンウイーク明けに会社へ行くのが嫌になる「五月病」、日曜の夕方に翌日からの仕事を考えて憂鬱になる「サザエさん症候群」は経験した人も多いかもしれません。思春期に見られる自己愛に満ちた空想にふける「中二病」、子どもが巣立った後で空虚感に襲われる「空の巣症候群」もライフサイクルに伴う心の変化としてよく知られています。
コロナ禍で話題になった「夫在宅ストレス症候群」は、在宅時間が増えた夫の存在がストレスとなって妻に表われる心身の不調です。体質改善が必要な会社にも病名が付けられており、意思決定が遅く非効率的な組織で蔓延する「大企業病」は社員の意欲低下を招くなどの影響があります。
これらは正式な病名ではありません。にもかかわらず、なぜ病気と見なす言い回しが広がっているのでしょうか。精神科医の原井宏明さんは、「病名を付けることには、いくつかの機能があります。『謝ったら死ぬ病』の場合は、どうしても謝らない相手に対して、なんとかして謝らせたいと思った人が謝らせようとしたことを無駄な努力と諦めるため。困った他人や組織に便宜的病名を付けることで、『病気だから仕方ない』と自らを慰めるのです」と説明します。
会社で思うように物事が進まないとき、「無駄な会議ばかりで何も変わらない」と納得いかない社員が「うちは大企業病にかかっているからな」とぼやくのは、そんな会社を見限って転職する意思はなく、不満はあっても仕方ないと諦めて会社に居続ける考えがあるためといいます。
原井さんは、このトピ主の心情について、「謝らない相手を謝らせたいと考えるのは、関わりたい気持ちがあると同時に腹が立っている状態」と分析した上で、誤った対応をすれば状況が悪化しかねないと心配します。「遅刻したら自分はすぐ謝るのに、あなたは、なぜしないのか」と詰め寄って、もし謝罪の言葉を口にしたら、それで気が済むでしょうか。次にまた遅刻しても、「謝れば良いのよね、ごめんなさい」を繰り返すようになれば、今度は「詫びなど不要、遅刻しない習慣を作れ」と言いたくなるでしょう。
「本当にしたかったことは、相手を謝らせることじゃなく、相手との良いコミュニケーションです」。原井さんは、ポジティブなコミュニケーションが取れる関係性を築くため、次のように対処法をアドバイスします。
「自分を変えることができない人に相手は変えられません。『謝らせたい』という自分の考えを改めてみましょう。謝らない相手は、謝って良かったという経験をしていない可能性があります。『謝ったら死ぬ』も大げさですが『絶交』などと騒ぎ立てるのではなく、まず自分自身が『本当はどうしたいのか?』を考えてみましょう。もし関係を長く続けたいと願うなら、相手が自発的に謝った時や望ましい行動をしたら褒めるようにしましょう」
(読売新聞メディア局 鈴木幸大)
【紹介したトピ】 謝ったら死ぬ病