「自分以外全員他人」西村亨/筑摩書房

 マッサージ店で勤務する44歳独身の柳田譲は、生真面目で繊細な性格ゆえに傷つきやすく、ストレスが多い。迷惑客や同僚、母や義父に疲弊する毎日を送っていた。

 不満が爆発して、近い将来犯罪者になるかもしれないと思った結果、迷惑をかけないためにも45歳になったら自殺することが生きる糧だった。そんな彼にも自転車をこぐという楽しみができたが…。

 第39回太宰治賞を受賞した小説だ。黒地に書き殴ったような✕印が施されている表紙が目を引く。裏表紙にもびっしり描かれた✕は、柳田の精神的不安定さを表しているようにも見える。

 かつて付き合っていた彼女とは、「自分といると不幸になる」という理由で別れ、肉食の残酷さを訴える動画を見てビーガンになった。繊細でストレスを抱え込みがちな性格に加え、コロナでの自粛生活の中での楽しみだったサイクリングも、ささいなことがきっかけでとたんに怒りにつながってしまう。よく言えばピュア、悪く言えば影響を受けやすい。「人には優しくしないといけない」という母の言いつけを守り、他人重視で長年生きてきた彼に、皮肉にもその母からとどめの一言が放たれる。

「みんな自分のことしか考えてないのに」

 まっとうに淡々と生きてきたはずなのに―。だが確実に崩壊へ進む柳田の様子は、全ては理解できないが、全否定することもできない。だからこそこの一冊は鉛のように重く、とても苦しい。(筑摩書房/1540円)

(コンテンツ部・池田知恵)