明るい牛舎で数日前の出産の話をしてくれた菅野さん

 雪に埋もれた北海道から帰ると、鶯(うぐいす)の声が山に響き、街の道端には菜の花が咲いていた。佐賀で小さな玉手箱を開けてしまったみたいだ。

 養鶏を卒業しての旅が始まった。まず訪ねたかったのは、牛の繁殖農家を営む菅野さんご家族。原発事故のためにふるさとの福島県飯舘村から北海道に移住して12年がたつ。

 農業の傍らレストランや消費者交流もしていて、それには訳があった。農業がややもすると生産性の効率化、大規模化にまい進する中、ないがしろにされがちな農業の多面的価値にもう一度光を当てて、磨き直し提示したいという思いがあるからだった。経産牛のハンバーグは、かむほどに味わい深く広がった。

 16代続いた農家に生まれた菅野さんは子どもの頃、先祖や田んぼの神様に守られて生きている、生かされているという感覚があったという。そうした宗教観や人々の暮らし、自然の教え、風土の中で培われた哲学も、農業がもたらす価値の一つだと考えてきた。

 翌日訪ねたウポポイでは、動植物の姿となって人間という意味であるアイヌに恵みを与えるカムイ(神様)を敬意と感謝で迎えることで、また戻ってきてくれるという好循環の世界観を知った。(農家カフェ店主 小野寺睦)