“密輸”和牛の正体は…転売された肉だった キッカケは10桁の数字[2023/07/21 18:00]

今年に入り、和牛をカンボジアに輸出すると偽り、実は香港に送っていたという不正輸出事件が相次いで摘発された。半年以上にわたる取材の末、“密輸”されていた和牛は日本国内で転売が繰り返された肉だったことがわかった。その事実は、ある「10桁の番号」に着目したことをキッカケに明らかになった。数字の先に見えた、本来輸出されるはずのなかった和牛が国外に流出したカラクリとはー。
(テレビ朝日社会部 松本健吾)

■“密輸”されたブランド牛 10桁の数字から転売の実態が明らかに

6月7日、神奈川県警は冷凍牛肉をカンボジア向けと偽って申告し、香港に牛肉を輸出した疑いなどで男らを再逮捕した。船を手配した男は5度目の逮捕となった。これまで立件された事件は全て横浜港が使われていたものの、今回は、北九州・門司港が使われた。肉の調達場所によって、使用する港を使い分けていたとみられ、日本全国から集められたブランド牛が密輸されていた可能性がある。
「どんな肉が流出したのだろうか」
ふと頭に浮かんだのが、“一頭買い”を売りにする焼肉屋で「今日のオススメ」と書かれたボードに書かれたバーコードと10桁の数字だった。

■“牛の個人情報”が丸裸にされる「個体識別番号」

この10桁の数字は、日本で流通するすべての牛に割り当てられる「個体識別番号」だ。
スーパーの牛肉売り場で、商品名や値段が書かれたパッケージのシールにもこの番号が書かれている。和牛農家の顔写真などが付されていることもある。
実はこの個体識別番号を使えば、誰でも“牛の個人情報”調べることができる。
独立行政法人・家畜改良センターのホームページを開けば、無料でこのサービスが提供されていて、「いつ・どこで産まれたか」、「誰が育てたか」、「いつ出荷されたか」といった情報が全て開示されているのだ。
我々は、逮捕された男が「カンボジア向け」と偽って不正輸出した和牛の個体識別番号の一部を入手。一つずつこのサイトに入力し、追跡することにした。

※一部を伏せています。
1××1×72××6 <鹿児島牛>
2019年出生、2020年に鹿児島県の畜産農家に転入し、2021年に鹿児島県で処理。
15×××7×36× <佐賀牛>
2019年出生、2020年に佐賀県に転入、2021年に大阪府で処理。
13××497××8 <常陸牛>
2019年出生、2019年に茨城県に転入、2021年に茨城県で処理。

いずれも日本国内でも人気の高いブランド牛だ。そして、3つ目の常陸牛の横に書かれた「生産者」の欄に記された名前に目が引き寄せられた。
以前、我々の取材に「不正輸出は許せない」と語った男性の会社だった。この事実を伝えるため、すぐに茨城県にある農場に向かった。

■「愛情込めて2年近く育てた…怒りを感じる」“密輸”被害に憤る農家

「その(個体識別)番号は、間違いなく私の育てた牛です。」
3000頭近い和牛を飼育している農場の応接ソファで、社長の男性は強い口調で話した。
「我々、一生懸命愛情込めて2年近くも育てるわけですから。怒りを感じます」
個体識別番号から、この牛が茨城県内の食肉加工施設で処理され、セリにかけられていたこともわかった。この施設は、香港の検疫基準をクリアしておらず、本来なら輸出できないものだ。
ここで一つの疑問が沸いた。
そもそもセリの購入者をチェックすることはできないのだろうか。
社長は「それは無理でしょう」と答えた。
「誰がセリ落としたかは一般には公開されない」という。さらに言葉は続く。
「結局、我々は“国内向け”として牛をセリに出しているわけですから。“誰がセリ落としたか”より“どれくらい高く売れたか”が重要なわけです。」

■独自調査)市場から購入していたのは…大手食品メーカーだった

公開されている「個体識別番号」での追跡はここまでが限界だった。
私は、更にその先を追うことにした。
「誰がこの肉を最初に購入したのか」
ここで重要になってくるのが「買参権(ばいさんけん)」だ。
食肉市場で和牛をセリ落とすには、「買参権」=セリに参加する権利を取得する必要がある。この権利は、全国の市場ごとに与えられるもので、今回摘発された男らは、茨城の買参権は持っていないはずだ。つまり、そもそもセリに参加できない。
「転売」された肉が男らの手に渡ったのではないか、
その可能性を確かめるため、茨城に来た足で、複数の業界関係者に接触を図った。
そして数日後の朝、1人から一通のショートメッセージが届く。
「おはようございます。先日問い合わせの個体番号×××の牛枝肉は×××」
そこに記されていたのは、グループ連結売上高が7000億円を越える、国内大手食品メーカーの名前だった。事実関係を確認するため取材を申し込んだところ、文書で回答が届いた。

◇◇◇◇◇
▼個体識別番号(13××497××8)については、弊社が 2021 年 8 月 ××日に購入した枝肉で間違いはございません。
Q カンボジア向け衛生証明書の取得に関しては、御社で行われたのでしょうか。
A 弊社としてカンボジア向け衛生証明書の取得を行った事実はございません。弊社は購入した枝肉を、国内事業者向けに国内販売しました。
Q 摘発された業者への直接販売をされたのでしょうか。
A 弊社グル-プとして今回摘発された会社に対して、過去を含めて直接取引した実績はございません。
◇◇◇◇◇

回答には、「国内事業者向けに販売した和牛枝肉の一部が、時を経て最終的に今回摘発された会社にわたり、不正に輸出されていたことを知り大変遺憾です」と添えられていた。
その後の捜査関係者への取材などから、少なくとも3回、国内で転売された和牛が海外に不正に持ち出された可能性があることがわかった。また、入手した別の個体識別番号からも、九州の大手畜産会社の肉が同様に転売を繰り返され、最終的に逮捕された男らの手に渡っていたという証言も得ることができた。
我々が入手できたのは、40億円を越える和牛不正輸出事件のほんのごく一部の番号に過ぎない。ここで、別の疑問がわいた。
「なぜ、転売された国内向けの和牛ばかりが狙われたのだろうか」
取材を進めると、<安価な「赤身」を好む日本人、高級な「ロース」を好む中国人>というミスマッチを巧みに男たちが突き、冷凍倉庫で行き場を失った肉が狙われた可能性が浮上した。

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