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DATE/ 2020.12.12

日本人15年連続受賞のイグ・ノーベル賞とは?

 2020年のノーベル賞では日本人の受賞はありませんでしたが、イグ・ノーベル賞では15年連続で日本人研究者が受賞しています。2021年に受賞したのは、「歩きスマホ」で歩行者同士がなぜぶつかりそうになるのかを研究した、京都工芸繊維大学の村上久助教授などで構成された研究チームです。また2020年に受賞したのは京都大霊長類研究所の西村剛准教授らのチームで、「動物園で飼育されているワニにヘリウムガスを吸わせ、鳴き声が変化したことで、ヒトなどと同じ発声メカニズムを持っていることを証明した」という研究内容でした。今回はこういったちょっと変わった研究に対して与えられるイグ・ノーベル賞について、いったいどのようなものなのか、役割や意義まで考えてみましょう。

「人々を笑わせ、考えさせる」が基準

イグ・ノーベル賞とは、1991年に、ユニークな科学研究を紹介するアメリカの雑誌「Improbable Research(ありそうもない研究)」のマーク・エイブラハムズ編集長が、科学への関心を高めようと創設したものです。今年で実に31回目。イグ・ノーベル(Ignobel)の「Ig」とは、接頭語で「~でない」という意味なので、「ノーベル賞でない」という意味合いがあります。つまり、ノーベル賞のパロディ。また、「ignoble(イグノーブル)(下品な、不名誉な)」とかけたダジャレでもあるようです。

 ノーベル賞のパロディなのだから、とにかく笑えるものに与えられるのかというと、そういうわけでもなさそうです。たとえば、2017年に「生物学賞」を受賞したものに、交尾器官が雄雌で逆転した昆虫「トリカヘチャタテ」の研究があります。これは生物の「雄」「雌」という一般的概念をひっくり返す発見です。また、2019年に「物理学賞」を受賞した「ウォンバットはどのように四角い糞をするのか、そしてそれはなぜか」という研究では、ウォンバットが四角形の糞をする理由や仕組みを解明しています。これにより人工的に四角い形を作り出す新たな方法が見いだされたとのことです。これらの研究は単に笑うこともできますが、よくよく考えると、たいへん驚きのある発見であることがわかります。

 イグ・ノーベル賞は、単におかしな研究をしている団体に与えられるのではなく、「人々を笑わせ、そして考えさせる」業績を行った研究者や団体などに贈られる賞です。このことについて、イグ・ノーベル賞の紹介に取り組む日本科学未来館の科学コミュニケーター、飯田綱規さんは朝日新聞で「科学者は研究のためにこんなことまでやっちゃうんだということを、『funny(おもしろおかしい)』ではなく、『interesting(興味深い)』と思ってもらえたらうれしいです。」とコメントしています。一般的に、研究は実用的でなかったり最先端でなかったりすると、興味関心が向きにくい面があるように思われます。イグ・ノーベル賞はこういった部分に光をあて、科学や研究そのものの価値や興味深さを私たちに気づかせる役割を担っています。

風刺としてのイグ・ノーベル賞

 一方で、イグ・ノーベル賞には、政治や社会に対する風刺のような意識もあります。例えば2020年の「平和賞」は、互いの外交官が夜中にピンポンダッシュをしあったインドとパキスタンに。1996年の「平和賞」は核実験を行った当時のシラク仏大統領に、また2015年には年には「経済学賞」が「賄賂を受け取らなかった警察官にボーナスを与えたタイの警察」に、2013年には「平和賞」が「公共の場で拍手喝采を禁止したベラルーシの大統領と、片腕の人も拍手の罪で逮捕した同国の警察」に贈られています。

 こういった受賞のニュースを聞くと皮肉を感じたり、あきれたりしますが、なぜこんなことになるのだろうという気持ちもわきます。この背景に興味を持つことが大事なのかもしれません。情報はその人に引っ掛かりがなければ流れて消えていきます。ここでイグ・ノーベル賞が一種の楔のような役割を果たします。この受賞の話を聞いて、人は立ち止まり「なぜ?」と考えます。この点がイグ・ノーベル賞の狙いのようです。

日本人が受賞した研究・業績は?

 ここに挙げたもの以外に、これまで日本人が受賞してきたイグ・ノーベル賞の一部には、以下のものがあります。

・2019年 化学賞 典型的な5歳児の1日当たりの唾液量の推定
・2016年 知覚賞 股のぞきをすると、実際より小さく見えることを明らかにした
・2014年 物理学賞 バナナの皮で滑るときの床や靴との摩擦の測定
・2012年 音響学賞 人の発話を妨害する装置「スピーチ・ジャマー」の開発
・2011年 化学賞 火災などの緊急時に就寝中の人を起こす「わさび警報装置」の開発
・2005年 栄養学賞 34年以上、食事を撮影して体調に与える影響を分析した
・2002年 平和賞 犬語翻訳機「バウリンガル」の開発。犬と人間との平和を築いた
・1997年 経済学賞 「たまごっち」を開発。何百万人の労働時間を仮想ペットの飼育に費やさせた
・1995年 心理学賞 ハトを訓練してピカソとモネの絵を区別できるようにした
・1992年 医学賞 足の臭いの原因の化学物質を特定

 文字だけで追うとやはり笑える部分も多いですが、よく考えるとすごい、もしくはどうやってこんなことを、と思わせられる研究が並んでいます。ちなみに2005年の栄養学賞は発明家として有名なドクター中松さんが受賞しています。

賞金はゼロ

 授賞式はアメリカ、ハーバード大学で行われます。ショーとしての性質もあり、スピーチが長いと「ミス・スウィーティー・プー」という8歳の女の子が出てきて、「もう飽きちゃった!」と邪魔をするそうです。賞金はゼロ。しかも旅費や滞在費もすべて自腹です。ある意味たいへん潔い感じもします。権威や功績の称賛といった堅苦しいことは取り除いて、純粋に楽しもうということのようです。

 科学や研究というと、こういった堅苦しいものにとらわれて人々の実生活から遠くなりがちです。イグ・ノーベル賞は、科学や研究に対する敷居をとにかく低くして、私たちの身近なところに取り戻そうという試みとも言えるかもしれません。

<参考サイト>
・意外と多い真面目な研究 日本が常連、イグ・ノーベル賞|朝日新聞
https://www.asahi.com/articles/ASNBL46YKNBGUHBI03Z.html
・奥深い知的な笑いと皮肉 日本人が14年連続受賞のイグ・ノーベル賞の魅力|産経新聞
https://www.sankei.com/premium/news/201014/prm2010140005-n1.html
・祝!13年連続日本人受賞!!2019年のイグノーベル賞|日本科学未来館科学コミュニケーターブログ
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20190913132019.html
・これを知らずして、科学の秋は始まらない!|日本科学未来館科学コミュニケーターブログ
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20200915post-366.html
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