鄭成龍の加入と一致する川崎のタイトル 勝敗により影響を与えるのはGK

パンチングでクリアする川崎のGK鄭成龍

 現行の試合数になって、J1史上最速4試合を残しての優勝。シーズン最多の26勝を挙げた昨季の川崎フロンターレは、何もかもが記録ずくめだった。

特に目立ったのは、最多記録を88ゴールに更新した圧倒的な得点力だろう。

 先発した小林悠、家長昭博やレアンドロダミアンが、次の試合ではベンチに控えている。これに加え、三笘薫や旗手怜央らの新戦力がすぐに主力に見劣りしない活躍を見せたものだから、ターンオーバーしても戦力がまったく落ちなかった。

しかも、コロナ禍による特例で5人の交代が可能となったことで、川崎の攻撃陣は先発する「第一波」と、交代出場してくる「第二波」の二段構えになった。

 試合の終盤に、能力の高いベンチ組が体力十分でピッチに登場してくる。第一波への対応だけで疲弊した相手の守備陣が、これに対処するのは簡単ではなかったはずだ。

Jリーグでは、今シーズンも5人の交代枠が維持された。そのことを考えれば、川崎の強烈な攻撃サッカーはまだまだ続きそうだ。

 サッカーには、こういう言葉がある。

 「勝つために必要なのは攻撃力。タイトルを取るためには守備力が必要」

 鬼木達監督が就任した2017年以来、毎年タイトルを取り続けている川崎は、攻撃力ばかりに焦点が当てられがちだが、実を言うと守備力も高い。昨シーズンの失点は34試合で、わずかに31。

1試合平均で失点が1点未満だったのは、リーグ最少の28失点だった名古屋と、川崎だけだった。

 谷口彰悟とジェジエウという、Jリーグを代表する2人のセンターバック。強いチームには必ずゴール前を支配できる選手が存在する。そして、最後の砦となるGKは特に重要だ。唯一手を使えるGKが指先でボールを触れるのと、そうでないのではスコアボードに1点の差が出てくるからだ。

 韓国代表の鄭成龍(チョン・ソンリョン)。2010年ワールドカップ(W杯)のウルグアイ戦で、まずいプレーを見せて先制点を許したことが強く印象に残っていた。しかし、ミスをしない選手はいない。彼の場合、そのミスがW杯ベスト8を懸けた大舞台で出たのでマイナスのイメージが強くなったのかもしれない。1-2と僅差のゲームだったので、日本のPK戦負けと同様、もったいない試合だった。

 ただ、Jリーグでのイメージはまったく違う。川崎のタイトル獲得は、2016年の鄭成龍の加入と一致する。それまで天皇杯も含めたJリーグの三大タイトルで8度の準優勝に終わっていた「シルバーコレクター」。その勝負弱いチームが、チャンピオンとしての称号を次々と獲得するようになった。それは、1点を止めてくれるGKがゴール前で存在感を示したことが大きい。

 191センチ、91キロの日本選手にはないサイズ感。1985年生まれなので、いわゆる昔のゴールキーピング技術で育ってきた。だから若いGKのような足元の技術はない。ただ、シュートストップに関してはピカイチだ。そして決定機を止めることができれば、いままで敗れていた試合を引き分けに、引き分けを勝利に導くことができる。

 確かに最新のゴールキーピングの技術を身に付け、ビルドアップにも関与できれば、それに越したことはない。しかし、すべてが平均点のGKよりも、技術に少し劣る部分があってもシュートストップの技術が抜群に高いGKの方がチームの勝利に貢献する可能性は高い。GKからのビルドアップが主流となるなかでも、それは不変のことだろう。

 鄭成龍、東口順昭(G大阪)、ランゲラック(名古屋)、金鎮鉉(キム・ジンヒョン=C大阪)。昨季の上位4チームのゴールを守ったGKだ。全員がW杯本大会のメンバーに登録された国際経験豊かな選手だ。当然のことだがプレーは安定し、守備ライン全体に安心感を与えられる存在だ。

 勝ち点を積み重ねて優勝を争うリーグ戦。おそらくそのポイントにより影響力を持つのは、ストライカーよりもGKだろう。もちろんオルンガのような存在がいれば話は別だが。それを考えれば、昨シーズンのJ1を見ても18チーム中7チームが即戦力の外国籍の選手を起用していることも納得できる。アクシデントでもない限り、試合中に交代させるポジションではないので、日本人GKの育つ環境が限られるのが心配なことだが。

 1点の持つ重みを考えよう。サッカーの世界では、ゴールを奪う1点と、ゴールを守る1点の価値が必ずしも一致しないことがある。それはサラリーから見た場合だ。世界で1試合1点を挙げるアタッカーは、歴史を見てもクリスティアノ・ロナルドと、メッシぐらいだ。彼らのサラリーは異常だ。しかも、メッシは4年契約で700億円ももらうそうだ。

 そんな馬鹿げた年俸を用意しなくても、1試合に1点を止めるGKはいる。勝ち負けを考えれば、それはメッシの1ゴールと同じ価値だ。だからこそ、日本でもGKの価値を正確に評価し、育てなければならない。欧州では、メッシの100分の1のサラリーで存在感を示しているゴールの番人は、きっとたくさんいるのだろう。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

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