DHCヘイト問題に透ける「企業の無責任」 取引先の曖昧対応、「人権尊重」も具体策示さず

東京都港区のDHC本社

 化粧品会社DHCのウェブサイトに掲載されていた在日コリアンを差別する吉田嘉明会長名の文章が削除された。蔑視表現をちりばめ「コリアン系は日本の中枢を牛耳っている」と主張する内容には、昨年末から厳しい批判が集まっていたが、ネット上での公表は約半年にわたって続いた。有名企業が公然と差別を拡散し続けるのは異常事態だ。ヘイトスピーチ解消法の施行からは5年が経過した。取引先も含めた企業側の反応は鈍く、人権に対する問題意識の低さも垣間見える。(共同通信=山本大樹ほか)

 ▽ハッシュタグ使い不買運動も

 DHCが問題の文章を初めて掲載したのは昨年11月。自社の通販サイトで実施中のキャンペーンについて説明する中で、競合他社に言及し「CMに起用されているタレントはどういうわけかほぼ全員がコリアン系の日本人」などと主張し、在日コリアンに対する差別的表現を持ち出して「ネットで揶揄(やゆ)されている」と記載した。

 今年4月には、この文章を批判的に報じたNHKに矛先を向ける形で内容を追記している。客観的根拠は一切示さず、NHKの「幹部・アナウンサー・社員のほとんど」「出演者の学者・芸能人・スポーツ選手の多く」「街角インタビュー(の対象者)」すらも「コリアン系だ」と断定。「NHKは日本の敵です。つぶしましょう」と扇動するような記述もあった。

DHCが問題の文章を掲載していた通販サイトのページ。文章は既に削除されている

 文章はその後さらに付け加えられ、吉田会長は国会議員、弁護士、裁判官、官僚、経団連会員企業などの大半が「コリアン系で占められている」と主張を拡大した。文中で頻繁に登場する「コリアン系」と、それと対比される「大和民族」という呼称がどういう人を指すのかは不明確だ。「韓国人が嫌いなわけではない」という釈明のような言葉も出てくる。だが一連の文章が在日コリアンへの差別意識と排外主義に貫かれているのは明らかだ。

 DHCの文章に、ツイッター上では「ヘイトスピーチだ」との批判が相次いだ。「#差別企業DHCの商品は買いません」などのハッシュタグを使った不買運動も広がり、自治体も同社との関係解消に動いた。千葉県横芝光町や高知県南国市は災害時の連携協定を解約し、DHCの商品をふるさと納税の返礼品としていたさいたま市は取り扱いを中止した。

DHC本社前の抗議デモで、不買運動の横断幕を掲げる参加者=6月3日

 ▽文章を全面削除も説明せず

 大阪市のNPO法人「多民族共生人権教育センター」などは4月、DHCの主要取引先32社に取引停止などを求める要望書を送付した。5月31日に各社の回答結果を公表し、7社が「遺憾の意」を伝えるなど一定の対応を取ったと明らかにした。

 DHCが動いたのはその直後だ。6月1日までにウェブサイトからは一連の記述が消えた(一部の内容は5月中に削除されたとみられる)。共同通信は数回、文書の掲載から削除に至る経緯などを問い合わせた。DHCは「回答は差し控える」としている。流通大手イオンなど一部の取引先からの問い合わせには「不適切な内容だった」と回答したが、サイト上では一切説明していない。同センターの文公輝事務局長は「削除された文章は明らかなヘイトスピーチであり、社会を分断するもの。DHCは被害を与えた在日コリアンだけでなく、社会にも広く謝罪すべきだ」と話す。

 企業活動に伴うヘイトスピーチはDHCだけの問題ではない。東証1部上場の不動産会社「フジ住宅」(大阪府岸和田市)では、会長の指示で民族差別的な文書が社内に配布され、精神的苦痛を受けたとして在日韓国人で50代の女性パート社員が大阪地裁岸和田支部に提訴した。

大阪高裁が入る合同庁舎

 昨年7月の一審判決は、中国や韓国の国籍や出自を有する人に対し「死ねよ」「うそつき」と侮辱する文書が配布されたと指摘。違法性を認め、同社側に計110万円の損害賠償を命じている。職場での「ヘイトハラスメント」を認めたとの評価も出たが、双方が控訴し、大阪高裁で係争中だ。

 ▽取引先全体での対応が有効だが

 こうした企業によるヘイト行為を抑止するために重要なのは、原材料の調達先から製品の納入先まで、あらゆる取引先を含めた「サプライチェーン(供給網)」全体で「差別を許さない」という毅然(きぜん)とした対応を取ることだ。政府は昨年10月に「ビジネスと人権に関する行動計画」をまとめ、ヘイトスピーチを含むネット上の名誉毀損(きそん)に対応することを明記した。

DHCとの取引停止を求めるNPO法人に対し、取引先企業が寄せた回答文書の一部

 多民族共生人権教育センターに寄せられたDHC取引先からの回答には「(吉田会長の)発言内容は社会性を著しく欠く」(キリン堂)、「発言は不適切」(平和堂)、「DHCの人種差別発言に関しては再発防止を要望する」(コクミン)という批判の言葉もあった。「日本でビジネスをする上で、差別を許さない規範が徹底されつつあることの表れだ。DHCも深刻な事態に陥ると受け止めたのではないか」。文公輝事務局長は行動計画に即した対応だと歓迎する。

 ただ、こうした明瞭な意見表明は今のところごく一部にとどまっている。回答を寄せた22社の中には、人権に関する自社の綱領や行動方針を記した上で「個別の取引については回答を差し控える」と判で押したような見解に終始する企業も多かった。「人権尊重」「法令順守」といった言葉が並ぶばかりで、今回のような差別を許さないという強い反対姿勢は読み取れない。

 ▽理念法だけでなく踏み込んだ新法を

 法務省人権擁護局は3月にまとめた「ビジネスと人権に関する調査研究報告書」で、企業が取るべき対策の例を記載している。「(順守すべき内容をまとめた)行動規範を制定してウェブサイトなどで公開しただけでは、サプライヤー(取引先)から理解を得られるとは限らない」「新たなサプライヤーとの契約時には行動規範を順守する旨の署名を求める、あるいは契約条項に組み入れ、もし違反が明らかになった場合は取引停止も含めて検討するなど、一定の強制力を持たせる仕組みも検討していくのが効果的」。そこで掲げられた理想的な対応と、今回のDHCに対する取引先各社の反応には大きな落差がある。

法務省人権擁護局が公表している『ビジネスと人権に関する調査研究報告書』

 2016年6月に施行されたヘイトスピーチ解消法は、第3条で基本理念として「国民は(中略)本邦外出身者に対する不当な差別的言動のない社会の実現に寄与するよう努めなければならない」と定めている。

 差別問題に詳しい師岡康子弁護士は「各社は解消法に従ってヘイト企業との提携を解消すべきだ。企業のヘイト行為は社会的悪影響が大きく、それを知りながら提携することは差別を支持しているに等しい」と語り、尻込みする取引先企業を強く批判する。

 同時に、理念法にとどまる解消法には「禁止規定も制裁規定もなく、ヘイトの横行を止めることができていない」と現行制度にも課題があると指摘する。差別根絶には、より踏み込んだ対策が必要だと説き、こう訴えた。「企業の対応が鈍いのは、国が先頭に立ってヘイトスピーチをなくす政策をとっていないからだ。国は人種差別撤廃条約に加盟しながら深刻な差別の存在自体を認めず、法整備の必要性も否定してきた。国や自治体、企業が差別撤廃に取り組む責務を明確にした人種差別撤廃法を制定するよう、市民が声を上げていくことが大事だ」

 (共同通信=山本大樹、禹誠美、伊藤亜衣、大湊理沙)

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