「介護施設化」する刑務所の実態  体動かし認知症や誤嚥予防も 司法×福祉、次の10年へ(4) 

By 真下 周

黙々と作業する尾道刑務支所の高齢受刑者=広島県尾道市

 号令への動きは遅く、手押し車を使う人もいる。部屋の扉には、刻み食が必要なことを示すパネルや介助のポイントを記した紙が張られていた―。ここは高齢受刑者が多く入る広島県尾道市の尾道刑務支所。収容者の4分の1強を65歳以上が占める。一般社会と同様、刑務所にも高齢化の波が押し寄せている。(共同通信=真下周)

 ▽軽作業でも「しんどい」

尾道刑務支所内の廊下に設置された手すり

 2019年10月下旬、刑務所の中を取材した。建物の構造は配慮され、居室と実習室、食堂などは全て2階に集まる。普段の生活に階段の上り下りは必要ない。居室棟の廊下や居室の洋式トイレには手すりが設置してあった。

 刑務作業を見た。高齢者は現役世代のように木工などの刑務作業は難しいため、座ったままひもを結んだり、紙片を折ったりする軽作業が中心。それでも受刑者からは「作業がしんどい」との声が漏れた。

 作業用の椅子には、一般の受刑者向けと異なり、転落防止のため肘掛けと背もたれがある。急病人が発生することを想定して、横になれる畳やストレッチャーも部屋の隅に置いてあった。

 ▽歌ってストレス解消を

 「身体機能が落ちないよう、外部講師を招いて運動トレーニングや歌唱指導にも取り組んでいます」と刑務官が教えてくれた。この日は月1回の歌唱指導のプログラムが入っていた。

尾道刑務支所で高齢受刑者に歌唱指導をする講師

 目立つオレンジ色の衣装に身を包んだ音楽家の馬場康博さん(65)=同県福山市=が講堂に登場した。集まった約40人はオリーブ色の作業服に白のスニーカー姿。頭髪には白いものが目立つ。足取りがおぼつかない人もちらほらいた。

 「さぁご一緒に~」「両手の親指を立てて、グゥ~」。全員座ったまま、プログラムは進む。何人もの刑務官が周囲で見守る中、ギターを奏でて声を響かせる馬場さん。派手な身ぶりを繰り返すと、どんよりとしていた空気が少しずつ弾んでいく。

 まずは拍手と足を踏み鳴らす軽い体操。その後は発声練習だ。「アエイオウ」「アッ、アッ、アー」。顎を動かし、息を大きく吸って吐く。当初のくぐもった声に少しずつ張りが出てきた。

 「芸人と一緒で、心をほぐすにはつかみが大事」と強調する馬場さん。この日は「童謡はどう歌ったらいいでしょう? 動揺しながら…」と呼び掛けたが、反応はいまひとつ。それでも「七つの子」といった童謡や「北国の春」などの懐かしい歌謡曲をギター演奏とともに次々と歌っていく。

 1曲終わるごとに受刑者と一緒に両手を上げて「イヨーッ」とポーズ。1時間ノンストップで20曲近くを歌う。途中、疲れてうつむいてしまう人もいたが、自然に足でリズムを取ったり、姿勢を伸ばして歌い上げたりして、多くは生き生きとした表情を見せた。

 歌唱指導は、心肺・認知機能の維持や誤嚥防止、ストレス解消につなげるのが狙いだという。法務省によると、慰問公演などは各刑務所で行われているが、歌唱指導は珍しい。刺激が少ない環境だけに「思い切り声が出せるのはこの時間だけ。楽しみにしている者も多い」(刑務官)。ある受刑者は「いい気分転換になる」と話した。

 病院でふだん介護職として働く馬場さんは、高齢者や障害者の施設に出向き、歌唱指導を続けてきた。刑務支所への訪問も10年以上。「歌うことで優しい気持ちになれる。健康になって出所してもらいたい」と笑顔で話す。

 刑務所の環境に適応できないなど処遇困難な人を対象に音楽療法の講師を務める武庫川女子大の松本佳久子准教授は「ストレスの多い受刑生活の中で、月1回でも自分らしく表現活動ができる場があることは大切。心に訴え、皆で楽しめるのも音楽の強みで、再犯防止の鍵となる人との絆に気付くきっかけになる」としている。

広島県尾道市の尾道刑務支所

 ▽社会福祉士を配置

 近年、出所後に行き場のない高齢者が犯罪を繰り返すことで、刑務所の「介護施設化」が進んでいると言われる。法務省によると、刑事施設の収容人数は2008年から減少が続く一方、60歳以上の受刑者の割合は16年末で19%と、10年間で5ポイント以上増えた。

 尾道刑務支所も、実際の収容人数は定員365人の半分に満たないが、高齢者の割合は全国平均を大幅に上回る。たいていは無免許運転などの道交法違反罪や窃盗罪で初めて受刑するケースだ。

 同刑務支所の佐野貴宣次長は「ここの受刑者はまだ更生意欲が高い。健康を維持したまま、その人に合ったところに帰って心穏やかに残りの人生を過ごしてもらいたい」と話す。出所後に再犯がないことを願っている。

 法務省は高齢や障害のある受刑者への対応をてこ入れしようと、近年、刑務所への社会福祉士の配置を進め、9割以上に配置済みだ。「私たちはどうしても規律第一の処遇になる。社会復帰後のことを考えてくれる社会福祉士の存在は大きい」と、刑務官らは閉じた世界に外部のまなざしが入ることの意義を口々に語った。

 ▽社会復帰支援、手応えつかめず

 法務省は、出所後に福祉的支援の必要性が見込まれている受刑者を対象に、生活能力を身に付けたり福祉制度に関する知識を学んだりする「社会復帰支援指導プログラム」を17年度から全国の刑務所で導入した。

 尾道刑務支所では、取材したこの日、全18回のプログラムのうち16回目の講義が行われていた。「安定した生活って何?」がテーマだ。担当刑務官がマニュアルに沿って優しく丁寧に質問していく。受刑者らは「無駄遣いをせんことが一番大事じゃと思う」「家族と一緒に食事することです」などと、自分なりの言葉を探して答えていた。

 だが刑務官は「高齢なので、前回やった課題を忘れることも多い。『再犯はだめ』『困ったら相談』と呪文のように繰り返し言って、覚えてもらうしかない」と、手応えをつかみかねている様子だった。

 「ここは自由がないので早く出たい。出たら(再犯しないよう)息子に監視してもらう」。プログラムを受講する男性(74)はそう話すが、出所はまだ先で、社会復帰の具体的なイメージは持てていない。

 受刑者の中には「福祉の世話になるのはごめん」「個人情報は外に出してほしくない」と出所後、福祉の支援を受けることに消極的な人も多い。

 矯正の現場に詳しい龍谷大の浜井浩一教授は「実社会と異なる刑務所の中で行う社会復帰の訓練には、どうしても限界がある。出所後どんな困難に直面するかという視点で、もっと実践的な訓練をしたり、福祉の機関と連携したりする必要がある」と指摘している。(続く)

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