森氏発言で東京五輪に公開質問状 問題の根幹は男性中心主義 LGBTQ拠点の松中代表

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長(83)が女性蔑視発言で引責辞任を表明した問題を巡り、日本社会の時代に逆行した体質が国内外で批判されている。「多様性と調和」をコンセプトの一つに掲げる東京大会に向けて都内に設置されている性的少数者(LGBTQ)の情報発信拠点「プライドハウス東京レガシー」の松中権代表(44)は、2月8日に組織委への公開質問状で差別的な言動の防止策や対応策を求めた。このほど共同通信のインタビューに応じ「問題の根幹は森さんの発言だけでなく、男性中心主義の社会構造から生まれているひずみ」と背景にある課題を指摘した。(共同通信=田村崇仁)

「プライドハウス東京レガシー」について説明する松中権代表(左)=2020年9月、東京都千代田区

 ▽スポーツ界の縮図

 プライドハウス東京は国内初の取り組みとして組織委の公認プログラムとなり、性別や性的指向、性自認を巡るいかなる差別もなくして多様性を目指すプロジェクトだ。国際オリンピック委員会(IOC)最高位スポンサーのパナソニックなど大手企業のほか、日本に駐在する約20カ国の大使館が支援している。

 ―組織委への公開質問状の意図や目的は。

 抗議文ということでなく、質問文という形。森さんの進退をどうするかは僕らが決めることでなかった。怒りをぶつけることでもない。フラットな立場でそういうプロジェクトの団体としては残念ですとお伝えした。東京大会で公認にしてもらったことでLGBTQの活動も広がっているし、互いに協力できることがあればというスタンスでここまで来た。

 ―森氏の発言で日本社会の現実が浮き彫りになった。

 まさにスポーツ界の縮図であり、日本社会の現状を鏡のように写しているような感じだ。それは森さんの発言だけでなく、それを止めなかった黙認した人たちであったり、それを笑ってしまった人がいたり、そもそも女性がほとんどいない競技団体やスポーツ界の環境だったり…。日本オリンピック委員会(JOC)臨時評議員会でなかったとしても、同じことが起き得るだろう

リオデジャネイロ五輪で設置されたLGBTの拠点「プライドハウス」で写真に納まる松中権さん(右)(提供写真)

 ▽日本は121位

 世界経済フォーラムによる女性の社会進出の指標で日本は153カ国中121位。2020年10月の「プライドハウス東京レガシー」オープニングイベントで、自身もゲイと公表している松中代表は「社会の理解が進むよう、さまざまな情報を届けていきたい」と意欲を示した。IOCのバッハ会長も「東京大会が多様性と包括性を組み込んだことの重要な例」と紹介する祝辞を寄せた。

 プライドハウスは2010年バンクーバー冬季五輪の際、スポーツ界での性的少数者への理解を広める目的で地元団体が立ち上げたのが始まりだ。プライドハウス東京レガシーはNPOや企業、複数の在日大使館が共同運営する。五輪・パラリンピックでは初めて、大会組織委の公認プログラムにも認定された。

 施設は新宿区内のビルのワンフロア。性的少数者に関する書籍の閲覧スペースのほか、相談室を整備。アスリートを巻き込んだ性の多様性に関する啓発イベントも今後実施する予定という。

 ―森氏発言の騒動はスポーツ界だけの問題にとどまらない。

 今回は五輪・パラ組織委員会のトップがたまたまそうなっただけで、もちろん火消しをすればいいだけの話ではない。このことで社会が自覚して、きちんとした自発的なアクションまで行かないと、これまでの日本社会の構造でいうと、またずぶずぶずぶってどこかに潜っていってしまって、このことが数カ月したらまた忘れられてしまう可能性がある。そうならないように、公認プログラムとして組織委に近い立場にあったので、自ら動き出す意義は大きいと思った。

一橋大で講演するプライドブリッジ代表の松中権さん=2019年9月、東京都国立市

 ▽日本社会変革の分かれ道

 ―今回の問題は世論を見誤り、問題の本質が見えていない現状もある。

 ここできちんと向き合っていかないと、向こう何十年、日本社会は変わらない。あとで後悔するんじゃないかな。あのことがあったから日本社会は変わったよね、というきっかけになればいい。東京大会もそうだし、変革の分かれ道に立っている気がする。新しいものとか、これまで自分たちが受け入れられなかったものを受け入れるのは、やっぱり体力がいる。それは古いものに流れていた方が労力も掛からなくて楽だ。失うものも少なく見える。でも失うものより得られるものの方が大きいとは個人的には思っている。今回はあえてあいつらまた何かやっているなと思われるかもしれないが、動き出した。

 ▽スポーツ界の例外主義をなくそう

 ―最近は同性パートナーがいると公表している女子サッカーの下山田志帆選手らアスリートも積極的に発信する時代に入っている。

 LGBTQのことを僕たちはやっているけど、同じ地平に立っている。今回のジェンダー(社会的性差)の話、LGBTQなの?と言われれば女性の話ではあるけど、問題の根幹は男性中心主義の社会構造から生まれているひずみなので。これをきっかけにLGBTQやジェンダーのこと、いろんなことをやっている人たちが連帯していくのがいいのかな、と思っている。

性的少数者に関する差別をなくすための協定を締結した「プライドハウス東京」運営組織代表の松中権さん(右)=2019年9月、東京・原宿

 ースポーツ界に何かメッセージはあるか。

 スポーツ界ってどうしても、スポーツ例外主義というのが強いかなと思っている。それはスポーツだから仕方ない、それがスポーツなんだよとか、スポーツとはそういうものと守られている。旧態依然とした体罰もしかり、構造的な問題だ。それが崩れない限り、スポーツ関係者とか、そこに近い人たちだけでやろうとすると、どうしてもその中での変化にしかとどまらない。企業の人とか、民間非営利団体(NPO)の人とか、いろんな方が関われるようなスポーツ界になっていくと、もっとプレーする人たちも心理的な安定が高まる。パフォーマンスも上がるだろうし、いいことだらけだ。既得権益とかでなく、スポーツとはそういうものだ的な根性論に近いスポーツ例外主義みたいなものが今回変わればいいと思っている。

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 ◇性的少数者 同性愛者のレズビアンとゲイ、両性愛者のバイセクシュアル、出生時の性別と自認する性別が異なるトランスジェンダーらの総称。英語の頭文字を取って「LGBT」と呼ばれることが多い。性自認や性的指向が特定の枠に属さない人や分からない人ら「クエスチョニング」の頭文字Qを加えた「LGBTQ」といった表現もある。

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