首相は官房長官時代の「情報トーク」 対話、ストーリー性に欠け脱却必要

 菅義偉首相は就任前、官房長官を7年8カ月間務め、政府のスポークスマンとして3213回の記者会見に臨んだ。だが首相就任後の発言を聞くと、言葉足らずに感じることも少なくない。菅首相自身の発信の特徴について、歴代首相の発言スタイルに詳しい東照二米ユタ大教授(社会言語学)に聞いた。

東照二ユタ大教授

 ―菅首相の話し方をどう分析しているか。

 発言に詳細さが足りず、言いたい点だけを述べている。記者会見などでの記者とのやりとりを見ても、対話性やストーリー性に欠き、詳細を伝える姿勢が全く見えないことがある。つまり「情報トーク」だ。

―官房長官時代にこなした記者会見の経験は生かされていないのか。

 官房長官時代は事実関係を伝えるのが仕事だったから良かったかもしれないが、首相にとって大事な「情緒トーク」が全くない。よく出てくる「~ではないでしょうか」というフレーズは、自分の感情を抑えながら相手を納得させようとする手法だ。

 記者に対する逆質問も散見される。質問者に「必要なことは答えているんじゃないでしょうか」と返すケースがあったが、もちろん何も答えていないのと同じ。「昨日答えた通りだ」と受け流す例もあったが、これも単純すぎて深みがない。

記者会見を終え、引き揚げる官房長官当時の菅首相=2020年4月13日午後、首相官邸

 ―国会答弁も記者会見も淡々と話しているように映る。

 丁寧に、詳細が分かるように答えなければ国民には伝わらない。記者には分かると思ったのだとしても、国民には何を話しているのかさっぱり分からないことがある。

 ―好印象に受け止められる特徴はあるか。

 「~っちゅうのも」という言い方をよく使うが、年齢の高い人によく見られる話し方。高年層には受け入れられやすく、もっと多用していい。

 ―他人の発言や考え方を引用しただけで発言を終え、尻切れとんぼに感じることも多い。

 「誰それがこう答弁している」「それはどこそこで検討している」などと客観的事実を紹介して話を終わらせてしまう。詳細を語らず、自分の意見を表に出さない。判断を受け手に丸投げしたようなものだ。首相の答弁としては物足りなさだけが残る。

 

 ―情報発信に対する発想や姿勢に要因があるのだろうか。

 首相としての発信という構えが全くない。これでは国民は期待できない。「古い、堅い、難しい」を特徴とする官房長官型の話し方から脱し、「首相のスピーチ」の在り方を考える時期に来ていると思う。

 ―歴代首相の中で対照的なスタイルを一例挙げるとすれば誰か。

 小泉純一郎元首相だろう。本人も記者も立ったまま短時間やりとりする「ぶら下がり取材」への対応がうまかった。「五七調」で話し、聞いた人が後からフレーズを繰り返すことができた。

 例えば「聖域なき構造改革」がそうだ。自民党内にも強い抵抗があった郵政民営化では「国民に聞いてみたい」という言葉を繰り出した。与野党議員でなく、国民にどう届くかを意識したフレーズだった。

三位一体改革などをめぐる経済財政諮問会議を終え、記者団に囲まれる小泉首相=2003年6月18日夜、首相官邸

 ―菅首相にとっても参考になるだろうか。

 肝要なのは、詳細さ、繰り返し、ストーリー性、韻を踏んだ話しぶり。これが聞く人に響く。菅首相も自らが進める政策について、衆院解散は別としても「国民に聞いてみたい」と何度か言ってみればいい。

 ―菅政権が掲げる主要政策は国民生活に身近なものが多い。

 既得権益の打破、携帯電話料金の引き下げ、デジタル化推進、マイナンバーカード、脱炭素社会の実現―。国民はそれなりに期待していると思う。ただ首相は「政治は結果が全て」とこだわりすぎていないか。

 国民は政策プロセスにも注目しており、それを丁寧に説明するのは必要な手順だ。首相の話し方一つで、国民の思いを受け止め、国民を引っ張っていくことができるはず。表面的で意味のない言葉ではなく、明快で分かりやすいスピーチを国民は期待している。

 ―首相発信の巧拙は内閣支持率にも影響するのだろうか。

 政治は人間が動かしている。個人の感情で左右されるものだ。為政者にとっては、国民の感情をプラスの方向に育むことができるかどうかがポイント。もちろん国民には、政治家の発信を信用していいのか見極める能力が求められる。

 ―首相は最近ぶら下がり取材の機会を増やすなど、発信について変化の兆しがうかがえる。

 記者会見で原稿に目を落とさず顔を上げるためにプロンプター(原稿映写機)を使うなど、国民とのコミュニケーションを意識し始めている。元々スピーチはそれほど上手ではないが、工夫すれば上達する余地は十分にあると思う。

 政治家としての行動ももちろん大事。だが、国民に分かりやすい言葉で伝えるという意識を常に持てば、印象はだいぶ違ってくるのではないか。

10都府県での緊急事態宣言の延長について記者会見する菅首相=2月2日夜、首相官邸

   ×   ×

 あずま・しょうじ 56年石川県生まれ。早大卒。米ユタ大教授。専門は社会言語学。著書に「言語学者が政治家を丸裸にする」など。

【関連記事】菅政権200日

独断目立つ「菅一存」政権、政官にゆがみ 発足200日超、支持率下落で変化模索

https://this.kiji.is/756786756186718208

インタビュー 「青山社中」の朝比奈一郎筆頭代表 「愛より恐怖」から「チーム力」の政治を 霞が関官僚「小粒化」、国を考える人材必要

https://this.kiji.is/756790259606814720

インタビュー 政治ジャーナリストの後藤謙次氏 成功体験が裏目、「菅一存」で情報不足 衆院解散、任期満了近くか

https://this.kiji.is/756794769992368128

【関連記事】

3選挙全敗は「特殊事情」が原因か 問われた安倍・菅政権の政治姿勢

https://this.kiji.is/760170444808355840

© 一般社団法人共同通信社