週刊ベースボールONLINE

大学野球リポート

「1年春からマスクをかぶるつもり」 青学大の空気を変えそうな頼もしい大型捕手

 

正捕手として全国制覇


智弁和歌山高の大型捕手・渡部は青学大の練習に合流。高校3年間着用した「22」のジャージを今も、愛用している


 高校日本代表として、昨年9月のU-18W杯(アメリカ)で銅メダルを獲得した智弁和歌山高・渡部海が青学大の練習に合流した。

 遠投100メートル、二塁送球1.8秒台の強肩。右打席から高校通算38本塁打を放った「打てる捕手」だ。179センチ80キロと風格十分であり、コメントも力強い。

「1年春からマスクをかぶるつもりで、遠慮せず、取り組んでいきたいと思います」

 渡部は大阪府出身である。

「幼少時から智弁和歌山のユニフォームにあこがれていました。指揮を執っている中谷(中谷仁)監督は元プロ捕手。恵まれた環境で、プロを目指したいと思いました」

 2020年4月、高校入学後に着用するジャージの左腕には「22」が入っていた。中谷監督が決めた番号だという。「自分が入学する前は東妻(純平、19年のドラフトでDeNA4位指名)さんだったそうです。3年までずっと22でした」。1997年夏の甲子園で全国制覇を遂げた中谷監督は、ドラフト1位で阪神に入団した際の背番号が「22」。司令塔として期待する教え子に、自身の思い入れのあるナンバーを着けさせていたことが想像できる。

 渡部は1年夏の甲子園交流試合から背番号19でベンチ入り。同秋から正捕手で、2年夏には正捕手として、21年ぶりの全国制覇に貢献した。「先輩方に引っ張っていただき、良い経験ができました」。この夏の活躍に目を細めていたのが、青学大・安藤寧則監督だった。「5人の投手の特長を生かしたリードは圧巻でした」。渡部は「信頼をつかむのには時間がかかりますが、崩れるのは一瞬」と、中谷監督からの教えで、時間を見つけてはブルペンでボールを受けていた。ミットをはめる左手で、投手陣との絆を深めていたのである。

2年冬に大学進学を決意


 2年秋は県大会準決勝敗退。翌春のセンバツ出場は絶望的となった。渡部はここで、ターニングポイントを迎える。

 渡部は2年冬の段階で、大学進学の意向を固めた。同秋の公式戦を終え、中谷監督と進路面談。「自分には武器がない。このまま高卒でプロ入りするのは、レベル的に厳しい。大学4年後の上位指名を目指すことにしました」。2年時から熱心に勧誘してくれた安藤監督の指導力に惹かれ、青学大へ進む方向性を決めたという。

 冬場はトレーニングを重ね「夏の大会は、自信を持って臨むことができました」と、前年覇者として夏の甲子園に戻った。夏連覇をかけた舞台は国学院栃木高との初戦(2回戦)敗退に終わったが、3年春以降に20本塁打を積み上げ、パワーアップを実感。捕手としてのスキルも上げ、高校日本代表に選出された。

松尾汐恩超えを誓って


 昨年9月、アメリカへ向かう前の国内合宿。渡部は攻守で躍動していた。あるNPB球団のスカウト幹部に評価を聞けば「プロ志望届を提出すれば、指名される」と見解を示した。

 世界一を目指した本大会で、メインでマスクをかぶったのは、大阪桐蔭高・松尾汐恩(DeNA1位指名)だった。渡部は主に三塁手、DHで出場した。

「限られた人数で、チーム事情ですので仕方ないですが、自分はキャッチャーで勝負したかった。正直、悔しかったです。松尾とはレベルが違う、とは感じませんでした。大学4年間で追い越せるようにしたいです」

 大学で1年春からの定位置奪取を誓う渡部。青学大は06年春のリーグ優勝、05年の全日本大学選手権を最後に日本一から遠ざかっている事実を知ると、目をギラギラとさせた。

「リーグ優勝は何回もしたい。日本一にも絶対になります。守りだけでなく、長打力も持ち味。ホームランが打てて、率を残せる、勝負強いバッターになりたい」と、将来的な打撃タイトル3冠(打率、本塁打、打点)を視野に入れる。「右の打てる捕手」は、プロ球界においては、ノドから手が出るほど獲得したい補強ポイントだ。渡部は「15本塁打を目指す」と、スタンドインにもこだわりを持つ。

「大学の寮に入寮する10日前まで、智弁和歌山の寮で生活し、練習を積んできました」と、その表情は堂々たるもの。頼もしい大型捕手が、青学大の空気を変えていきそうだ。

文=岡本朋祐 写真=BBM
週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部が今注目の選手、出来事をお届け

関連情報

みんなのコメント

  • 新着順
  • いいね順

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング