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鯨庭「千の夏と夢」 幻獣が人と関係する代価の重さ

 職人がひとつひとつ手で仕上げた工芸品などから、生体エネルギーの迸(ほとばし)りを感じる時がある。躍動する龍(りゅう)のしなりに辺りの空気を震わせるグリフィンの羽ばたき――本作に登場する伝説の生き物を描いた線からも、エネルギーの放出を感じた。

 五つの作品を収めた著者初の短編集だ。村に雨を降らせるため、龍神に献上された若い娘と心優しい龍を描いた「いとしくておいしい」。「ばかな鬼」には、山で人間の子どもを拾い、シナツと名付ける鬼のコノハナが登場。後の別れを胸に秘めつつ、シナツを育てる姿が胸を打つ。生物兵器として作られたケンタウロスが、終戦後の世界で目覚める「君はそれでも優しかった」は、本当の優しさについて考えさせられる。特に印象的だったのは、鷲(わし)の頭と馬の後半身が合わさったヒポグリフと研究者の秘密の交流を描いた「僕のジル」だ。この作品の終盤には慟哭(どうこく)の展開が待っている。

 幻獣と人間。ここに描かれた両者の関係性は美しくも泥臭く、時に読み手の感情を抉(えぐ)る。異種間コミュニケーションに伴う代価の重さよ……。それでももし、ここに登場する幻獣が現れたら、目を背けることはできないだろう。=朝日新聞2020年12月5日掲載