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知らない道を歩く 柴崎友香

 家にいるので、インターネット経由で買い物をする機会が多くなっている。買うときは、一応、その会社の住所を検索してみる。時には一致する場所が見つからず怪しいこともあるが、たいていは、ウェブ上の地図にピンが刺さって、外観を見られる。普通の住宅やアパートのこともあるし、シャッターが下りた倉庫だったり、以前はお店として営業していたらしき建物のこともある。

 なにも知らないまま、もしわたしがここを歩いたら、そこで商業活動が行われているとは気づかず、ひっそりした場所だと通り過ぎてしまいそうだ。

 昔は、物がどこから来てどこで売られているか、目で見てすぐわかった。野菜や魚や洋服や金物にしろ、近所のお店に行って、お店の人とお客さんがその場でやりとりをした。特にわたしは下町のごちゃごちゃとした場所で育って、似たようなところにしか住んだことがないので、そういう光景が当たり前だと刷り込まれているところがある。だからつい、もっと広がりがあって車で移動するのが基本の場所に行くと、さびしい雰囲気に勝手に感じてしまったりする。でもそれは、単に自分が把握できていないだけなのだ。

 先日、古書でしか手に入らず探していた本を、ようやく見つけた。北海道の初めて見る地名で、検索すると、南東部の小さな町だった。実際に店舗としても営業している古本屋さんで、四角い建物に看板が出ている。町の中心らしいそのまっすぐな道の並びには食料品店や電器店があり、少し離れるといい感じのカフェが三軒あった。本を注文したらここからうちまで運ばれて来るのやなあと、たぶんこの先も訪れることのなさそうな町の様子を想像してみる。わたしのほしいその本は、どこからこの町にたどり着いたのだろう。

 どこかを歩いて、目の前のものをそのまま見ているつもりでも、今までに身についたフィルターを通している。ときどき、それが外れて、急に違った景色が見えると楽しい。=朝日新聞2021年6月2日掲載