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椅子の条件 柴崎友香

 自宅でデスク仕事をする人が増えたこの一年、どんな椅子がいいかという情報をあちこちで見た。家仕事歴が長いわたしも、友人たちからおすすめを聞かれることが何度かあった。わたしの答えは「自分の体に合うかはわからないので、とにかく実際に座って試してみる」だ。

 作家生活二十二年、いろんな椅子を買った。絶賛されているそこそこ高級なのや、腰にいいという変わった形のもの。どれも今ひとつだったのは、わたしの背がとても低いからだ。普通に座ると背もたれに背中が届かない。足も床に着かない。結局、変な姿勢になってしまう。たいていのものは成人男性の平均的な体格を基にして作られているし、外国製はなおさら大きい。

 わたしの身長は小学校六年生か中学一年生の平均あたり。ということで、子供用の学習椅子にたどり着いた。さらに、座面も足置きも高さが細かく調節できるもの。背もたれに背中を当てるために座面が浅いことが最も重要だった。一般的なオフィスチェアの形でなく、木製。やっとストレスなく座れている。

 身につけるものはそれなりにサイズが分かれているが、家具や建物などはだいたい「標準」で作られている。もちろん、余裕を持たせたり様々な配慮はされてはいるが、椅子や机はどこにいっても落ち着かないなあと思ってきた。人気のものや高級なのよりも、自分のサイズに合った、調整できるものがいちばんで、自宅の自分が選べるものなら体に合わせたほうがいい。世の九割の人には最高のものでも、自分のサイズに合っていなければしょうがないのだ。

 普段の生活は細かい困難が多いわたしだが、このサイズがありがたいのは飛行機である。というか、わたしでもつらいのに体の大きい人はどうやって耐えているのか、長距離線に乗る度に不安になる。いつか広く座りやすい飛行機ができてほしい。

 それから、たぶんわたしは家もちょっと広く使えているのではないかと思う。=朝日新聞2021年7月28日掲載