個性的、原始的なパスタを探す旅~トスカーナ、リグーリア、ピエモンテ~


トスカーナ
他州に近い辺境の地にこそまだ見ぬ幻のパスタあり

パッパルデッレ、ピーチなど、ごくオーソドックスなパスタが多いトスカーナにおいて、州都フィレンツェから遠く離れたガルファニャーナやルニジャーナ地方には、変わった食材やパスタがある。

トスカーナ州は一般的にはパンやズッパなどが主流で、パスタ文化に乏しいといわれるが、リグーリアやエミリア=ロマーニャなどの州境に近い辺境部には、一概にトスカーナ料理とは言い切れない個性的、突然変異的なパスタが存在する。イタリアに州制度が導入されたのは1861年のイタリア統一以後のことで、それ以前から作り食べ継がれてきた郷土料理の世界には、州という概念はあまり意味をなさない。

原始の香りを感じさせるワイルドなテスタローリ
トスカーナ州とはいえ、文化圏としてはフィレンツェよりもジェノヴァやパルマに近いルニジャーナ地方には、テスタローリという古代ローマ時代に起源がある希少パスタが存在する。粉を水でゆるめに溶いたクレープ上の生地を、鉄鍋「テスト」で片面だけ焼き色をつけてからお湯でゆでる。調理法でパスタを分類すれば、乾式加熱後湿式加熱を施す非常に珍しいパスタだ。テストさえあればどんな場でも食事が作れたというダイハードなストーリーを持つ。ジェノヴァに近いことから、伝統的にはソースはペスト。さらにストイックな場合はオイルとチーズだけ、という食べ方もある。

エトルリア時代にまで遡る テスタローリ Testaroli
かつてはスペルト小麦を使い、テラコッタで焼かれていたというが、本来は羊飼いや農民のパスタ。焼いてからゆでる、という特殊な調理法のパスタだが、独特のもちもち感がやみつきにさせる。「トラットリア・ダ・ブッセ」(ポントレーモリ)では真空パックのものを販売。

リグーリア
リヴィエラ海岸に残る海洋共和国の栄華

13世紀にはすでに一大パスタ生産地だったジェノヴァはナポリ、シチリアと並ぶ三大パスタ聖地のひとつ。イタリアで初めてパスタの工業化に成功した土地だけに、現在もさまざまな形状のパスタが残されている。

そのジェノヴァは、中世にはシチリアと並ぶ乾燥パスタの一大産地だった。コロンブスはじめ大海に出て行った船乗りたちが塩分濃度4%強といわれる地中海の海水を使い、保存食であるパスタをゆでていた、と想像するのは実に楽しい。パスタ大国だけに、今もジェノヴァには希少種のパスタが多い。トゥレネッテ、トゥロフィエ、といったスタンダードからコルツェッティ、タッコリ、ピカッジェ、パンソッティ、マンディッリと、下町のトラットリアに行けばパスタ事典でしか見かけない珍品奇品がいまだ現役でメニューをにぎわしている。

アラブ語に由来する詩的なパスタ マンディッリ Mandilli
アラブ語で「絹のハンカチ」という意味の、なんとも詩的で、リグーリア地方のラザーニアに似たパスタ。その名の通り食感は非常になめらかで、絹のように薄く作る。伝統的には小麦粉と卵に白ワインを加えて作る「オステリア・ヴィーコ・パッラ」(ジェノヴァ)にて。

老舗オリジナルの伝統的ラヴィオリ パッフテッリ Paffutelli
ジェノヴァ伝統の詰め物パスタ、パンソッティに改良を加え「太っちょ」と名づけた老舗「ゼッフィリーノ」の、オリジナル・パスタ。シェフ、ジャンパオロ・ベッローニはローマ法王にペーストを献上したこともあり、現在はペスト世界選手権の審査員長をつとめる。

ピエモンテ
地中海からフランスへ、テーマは越境

ジェノヴァのある温暖なリグーリアから一転、内陸のピエモンテの冬は寒さ厳しく、夏は蒸し暑い内陸の地。サヴォイア家支配の時代からジェノヴァとの文化的、料理的交流も多く、共通項も多い。

一方ジェノヴァから分水嶺を越えてピエモンテ州に入ると、オリーブの森林限界線も越え、地中海からフランス、オリーブオイルからバターの文化圏へと料理も越境する。タヤリン、アニョロッティ「プリン」に代表されるピエモンテの手打ちパスタは、やはりオリーブオイルよりもバターの風味がよくあう。とはいえ、イタリア統一時にはトリノのサヴォイア家を求心力として国家がひとつにまとまり、勤王の志士ガリバルディがジェノヴァ港からシチリアへと出陣したように、ピエモンテとジェノヴァは山の顔と海の顔、表裏一体の食文化を持つ。そしてサルデーニャもサヴォイア家が支配していたこともあり、ピエモンテとジェノヴァの影響が大きい。辺境のパスタは越境し、その地でまた新たな根をおろし続けるのだ。

ひと口サイズの手作りラヴィオリ アニョロッティ・ダル・プリン Agnolotti dal Plin
卵を使ったプリンとタヤリンはピエモンテ料理の代表的存在。2~3センチ大のラヴィオリは基本的に肉を詰めて、肉のスーゴで食べるが地方ごとにその内容は微妙に異なる。その名はこのパスタを発明した料理人アンジョリーノに由来するともいわれる「。ラ・ピオラ」(アルバノ)にて。

繊細な芸術的嗜好細麺のパスタ タヤリンTajarin
タリエリーニのピエモンテ方言であるタヤリンは、15世紀にはすでにピエモンテ全域で作られていたとされる。王道はラグーだが、キノコ類、特にポルチーニやトリュフとの相性が非常によく、秋の白トリュフのタヤリンは定番。「オステリア・ボッコンディヴィーノ」(ブラ)にて。

写真・文 池田匡克

本記事は雑誌料理王国2014年8月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2014年8月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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