以前に「工場は〈萌え〉じゃなくて〈燃え〉だろうよ! 燃え尽きるほどヒートだろうよ!」のレビューで書いたとおり、工場は〈燃え〉る場所である。しかしその感情の一部に、〈不安〉があることも自覚している。「モノづくり」ではなく「つくられたモノ」に対する不安だ。無から有を作り出すことなんてそんなに上手いことできるわけがないじゃん、と心のどこかで疑っているのだと思う。
ましてそれが、普段は見ることのかなわない工場であればなおさらだ。
『危ない工場見学』は、そういう知りたがりの心には響きまくって仕方のないムックである。雑誌のカラーページ特集記事をまとめたものなのだろう。写真主体の本なので、珍しい場所をたくさん見ることができる。
第1章で紹介されているのは、海外の工場だ。
「うちの製品が発売されたのはiPadの発売の1年近くも前だよ。しかも、開発から発売までには2年の歳月を費やした。パクったのはアップル社の方ってことは明らかだろ? アップル社とは、すでに弁護士を通じて接触している。相手の出方しだいでは、訴訟を起こすことも選択肢に入れている」
その発言が事実と合致するかどうかの判断はここでは控える。記事によるとiPadを受託生産しているフォックスコンのライン工は基本給で900元なのに対し、巨龍集団の工場は1500元(日本円にして約2万円)、本家よりも労働環境は優れているというのが興味深かった。
第2章はセックストイについてのパートである。
下に本の裏表紙の写真を掲載しておく。これは何かといえば、ラブドールの頭部なのである。オリエント工業社が製造するラブドールが、「ダッチワイフ」という商品のイメージを塗り替えるほどの品質を実現したことはよく知られている(高月靖『南極1号伝説』に詳しい)。その製造現場が公開される機会はこれまで少なかったはずだ(ユーザーが、自分の〈恋人〉が解剖されているような気持ちになることを怖れたからではないか)。
この他、アダルトグッズ工場、コンドーム工場などと並んで、成人向け雑誌のテープ留めをしている工場が紹介されているのが興味深かった。2箇所のテープ留めをするのに1枚4円だかの費用がかかっていると聞いた記憶があるが、ここで採り上げられている工場では、作業をする人に時給850円が支払われている。その分がつまり、エロ本のコストとして上乗せされているわけだ。
第3章はボンタン屋(いわゆる変形学生服)や単車のカスタム工場などのヤンキー文化を支えるアイテムに関するもの、第4章は麻雀卓やパチンコ玉などのギャンブルグッズの工場が紹介される。知らなかったが、パチンコ玉は太い鉄線を切断し、研磨することで球体になっているのだそうだ。
そして巻末には番外編として保健所に連れてこられたペットの「殺処分」が紹介されている。無から有を生み出すのではなく、有である命を無に帰する場所だ。しかし、「処分」という言葉が示すように、動物をモノとして扱わなければならない非情な場所なのである。
生み出されたモノたちは、それが市場に溢れすぎれば本来の意味で消費されずにゴミとして処分される運命にある。動物を商品として扱うということは、生命あるものをそのサイクルの中へと組み込む行為なのだ。モノづくりに関する本の最後にこの章が置かれたことは大きな意義を持つ。(杉江松恋)