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米軍へのワクチン接種義務化に内部から反対の声、その理由は

ミリタリーリポート@アメリカ 更新日: 公開日:
米国のワクチン接種会場。奥の机で接種した後、手前のいすで待機してから帰宅する=米ワシントン、合田禄撮影

米国のバイデン大統領は、7月4日の独立記念日までに新型コロナウイルスのワクチン接種によって集団免疫を獲得し、ウイルス感染からの「独立」を達成することを政策目標に掲げていた。

実際、3月頃までの接種人数は急速に増加していった。しかし、4月半ばを過ぎた頃には、感染力が強い変異株に対抗するには総人口の80~85%の人々へのワクチン接種を完了させなければ集団免疫を獲得することはならないとの予測がなされ、集団免疫の獲得は極めて厳しい状況になった。

そのためバイデン政権は、集団免疫の達成は困難だとしても、重症化や死者を抑えるため、独立記念日までに総人口の70%がワクチン接種を完了することを新たな目標に設定した。

ところが、アメリカ中にワクチンがふんだんに行き渡り、IDさえ持参すれば誰でもいつでも接種できるような状態になったにもかかわらず、ワクチン接種のスピードは低下しはじめた。

ワクチン接種率が予想をかなり下回って頭打ちになってしまったため、バイデン大統領は独立記念日までに人口の70%の人々が少なくとも1回目のワクチン接種を終えていることを新たな目標として掲げ直した。様々な州などでは、1年分のレストランでの飲食券、航空券、州立大学の学費免除、散弾銃やライフル、そして1億円などが当たるクジ付きの接種勧誘キャンペーンが開始された。

しかしながら、いくら景品でワクチン接種を加速させようとしても政府の思惑どおりにワクチン接種者は増えず、頭打ちの状態が続いている。結局今年の独立記念日までに少なくとも1回の接種を済ませたのは総人口のおよそ55%にとどまり、バイデン大統領の目標は達成されなかった。

気候変動サミットで発言するバイデン米大統領=2021年4月22日、米国務省ウェブサイトの中継動画から

とはいっても、迅速なワクチン接種によってウイルスの脅威から脱却し、経済活動を可及的速やかに再開させることを公約しているバイデン政権としては、ワクチン接種の努力を諦めるわけにはいかない。そうした中で白羽の矢が立てられたのが、米軍関係機関である。

バイデン政権の意向を受けた国防総省首脳や各軍首脳陣は、新型コロナのワクチン接種の義務化に関する検討や準備を開始した。7月に入ると、米陸軍当局は9月1日から原則として全ての陸軍関係者たちにワクチン接種を義務化する方針を打ち出し、陸軍内の各司令部に対して、接種義務化に向けての準備を始めるように命令を発した。陸軍に引き続いて、空軍や海軍などにおいてもワクチン接種義務化へ向けた検討が始められている。

この義務化は、現役の軍人のみならず軍属や軍関係の取引業者それに退役軍人までをも対象にすることが検討されている。こうした軍当局の動きに対して、一部の軍関係者たちからは、かなり強硬な反対意見が聞こえてきている。

筆者が耳にしている反対意見は主として、大佐レベル以上の現役・退役高級将校や、感染症やウイルスに知見の深い科学者を含む軍関係機関の研究者、それに軍事研究に関与している高等教育機関の学者などからだ。

ちなみに、1918年ごろのインフルエンザ(いわゆるスペイン風邪)で大きな戦力低下を経験したアメリカ軍は、感染症を軍隊にとって極めて重大な敵と考えており、数多くの専門家を抱えて常に研究と対策に取り組んでいる。また、生物化学戦に関する研究と準備にも余念がないため、細菌やウイルスに関する極めて高度なエキスパート集団も各軍に存在している。そのため、軍関係者たちによる反対意見のほとんどは、ある程度の科学的知見を土台にしており、単なるデマや情緒的反対論とは一線を画しているものと考えられる。

中には陰謀論に近いような反対意見もないわけではない。たとえば、ウイルスは短期間に次から次へと変異するため、「恐ろしい新型の変異株」に対抗するためには半年ごとに3回目、4回目……とブースター接種を繰り返し続けることが必要だとして、効果が確立されていない段階のワクチンを打ちまくるのは、一部の利害関係者の錬金術にほかならない、といったようなものがある。

ワクチン接種を受ける米国の軍人たち=山口県岩国市の米軍岩国基地、具志堅直撮影

しかし、より軍人的ともいえる政治哲学的な反対意見として、以下のようなものもある。

現在アメリカ国内で使用されているワクチン(米ファイザーと独ビオンテック、米モデルナ、米ジョンソン・エンド・ジョンソンがそれぞれ開発した3種類)はいずれもFDA(食品医薬品局)による正式承認を得ていない。それらは全て「緊急時使用」が許可になっている状態であり、いまだに治験中の医薬品である。すなわちアメリカにおいて12歳以上の希望者に実施されているワクチン接種は、大規模集団治験という実験的医療行為にすぎない。

そのような実験的医療行為を軍隊に対して「強制」しようとしているバイデン政権は、新疆ウイグル自治区やチベット自治区で人権弾圧をしている中国共産党政府と、何ら変わりがないと考えざるを得ない、という批判だ。

彼らは、「そもそもアメリカの軍隊は『アメリカの敵』と戦って、アメリカを守るために存在している。アメリカの敵とは、アメリカの政治システムである民主主義、アメリカの経済システムである資本主義、それぞれの根本に横たわっている自由主義をないがしろにする勢力である」と考える。

そして、「軍関係の個々人の自由意思を無視して、ワクチンを強制的に接種させるという行為は、自由主義の原則を踏みにじることにほかならない。もちろん公共の福祉のために私権の制限を容認せざるを得ない場合もあるが、今はまだ集団治験に過ぎないワクチン接種に強制参加させることは、自由主義そして民主主義国家における公共の福祉とは相いれない」と批判する。

「アメリカの敵」と戦い勝利する義務を負っているアメリカ軍人ならば、自由主義を守り抜くというアメリカ軍存立の根幹を揺るがすような政治的命令に対しては敢然として反対の立場を貫かなければならない――。そんな声が渦巻いているのだ。こうした反対の声がある中で、米軍内でのクチン接種の義務化はどう進んでいくのか、今後の動きを注視している。