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インドへのコロナ支援、世論恐れて腰が引けた日本 研究者「結局は対中国のコマ」

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日本からニューデリーの空港に届いた支援物資の酸素濃縮器=JICAインド事務所提供
日本からニューデリーの空港に届いた支援物資の酸素濃縮器=JICAインド事務所提供

「インドが世界を助けてきたように、世界がインドを支援しなければならない」

インドのジャイシャンカール外相は4月23日、国際社会に支援を求めた。これはインドにとって異例だった。

インドは2004年のインド洋大津波でも各国からの支援要請を断ったように、災害や危機でも外国に助けを求めることは避け、「大国」として自力で対処してきたからだ。デルタ株の感染力の強さによって、かつてないほどの危機にさらされていた。

「新型コロナの克服に向けて日印で協力を緊密化していくことを確認」。日本の外務省は4月26日、感染拡大の深刻なインドへの訪問を取りやめた菅義偉首相とモディ首相との25分間の電話協議後、概要を発表した。

だが、コロナ対応は中心の議題とはならず、そのための具体的な協力が約束されたわけでもなかった。日本政府が支援を発表したのは首脳協議から4日後。すでに米国や英国、ロシアなどからの物資が現地には続々と届いていた。

首都ニューデリーの空港に日本からの酸素濃縮器100台が届いたのは5月8日。公表されているだけで28番目の国だった。

この時までに英国は6回の救援便を出し、1200台以上の酸素濃縮器を支援。米国も7回の救援便を出していた。アイルランドの濃縮器700台、人工呼吸器365台と比べても日本の支援は遅く、規模は小さかった。

トラックに積み込まれた酸素ボンベ=ニューデリー、奈良部健撮影
トラックに積み込まれた酸素ボンベ=ニューデリー、奈良部健撮影

「外務省は感度が低かった」。官邸幹部の一人はこう明かす。別の日本政府関係者も「インドへの支援をためらった。国内世論の動向を気にしていたからだ」と話す。

日本国内でも感染者数が増えていた状況で医療現場のひっぱくが伝えられ、政府の対応に批判が集まっていた。海外への大規模な支援は、さらなる政府批判を呼び起こす懸念があった。

実際、支援が決まった時には、ツイッター上に「大阪府では人工呼吸器が足らなくて入院できない人がたくさんいます! まず、自国の民を助けるのが本当では?」といった投稿が相次いだ。関係者によると、こうした反応を恐れ、支援物資のインドへの到着を公表しないことも検討していた。

このほか、外務省はインドに緊急援助をすればインド以外の他国からも支援を求める声が殺到するのではないか、という事態も気にしていたという。

米国がさらに1億ドル相当の物資の提供を発表すると日本もこれにならい、茂木敏充外相は5月5日、訪問先のロンドンで最大5千万ドル(約55億円)の無償支援を発表した。酸素濃縮器や人工呼吸器を追加で支援する内容だった。

だが日本政府関係者によると、すでに他国からの支援などでこうした器具が不足する事態は解消されている。日本による支援はインドで活用されたのは間違いないが、対応が遅れると、その効果は限られたものになってしまう。

医療用酸素を求めて列をなす人たち=ニューデリー、奈良部健撮影
医療用酸素を求めて列をなす人たち=ニューデリー、奈良部健撮影

一方、インドと国境問題を抱える中国側の発表によれば、香港経由でインドに酸素濃縮器800台を送っており、このほかにも人工呼吸器5千台、酸素濃縮器2万1569台をインドに輸出したという。インドと国境問題を抱えながらも、中国による支援の規模は圧倒的だった。

日本とインドは互いに、外交関係が悪化している中国を牽制するためのパートナーどうしだ。とりわけ日本が提唱する外交戦略「自由で開かれたインド太平洋」構想にとって、インドは欠かせない存在だと位置づけてきた。

それが今回、日本国内の世論の反発を恐れて支援に及び腰になったことがあらわになった。モディ首相が2019年に再選した際、日本政府は他国よりも速く祝電を送るのに腐心していた。この祝電の速さを競った対応とは大違いだった。

日本の外交研究者は「日本政府はインドのことを本当に考えていたわけではなく、結局は中国のためのコマとしてしかみていなかった。こうした意識が今回の危機に露呈したのではないか」と指摘する。

この研究者によれば、インドは、自国民を含めインドからの入国を禁じた豪州への落胆も大きかったという。日本は米国や豪州とともにインドを連携の枠組み(Quad)に引き入れてきた。

そのクアッドは、インドのワクチン製造や他国への供給を日米豪が支援し、中国に対抗する枠組みで合意していた。現状では、インドは感染拡大によって自国分の製造さえ追いつかない状態に陥っている。

しかし、今回の危機で日米豪の連携が機能したという評価は、インドでは聞かれない。

インドがワクチン供給を計画してきたものの、中止に追い込まれた南アジアの近隣の国々には、中国がワクチンを大規模に供与し始め、積極的な関与を示している。

前述の研究者は「日本との協力関係について、インドから疑念をもたれかねない事態だった。クアッドの意義も問われている」と話す。

一方、インド政府関係者は「支援はもちろん歓迎するが、当初からクアッドの枠組みに依存することは考えていなかった」と話し、冷めた見方もしている。そもそも大きな期待はしていなかった、という。

インドは日米豪の3カ国とは異なり、クアッドを中国包囲網や軍事同盟にはしたくないと考え、もっとも慎重な立場をとってきた。中国はインドの主要な貿易相手国で、インドの経済成長にとって欠かせないパートナーでもある。

インドは歴史的に非同盟外交を掲げ、現在も分野に応じて組む相手国を柔軟に変える、したたかな「全方位外交」を展開している。日米と関係を深める一方で、インド軍の武器の大半をロシア製が占めるなど、ロシアとも軍事上の結びつきも強い。

日本への同情の声すらあった。ネール大学東アジア研究センターのスラバニ・ロイ・チョードリー教授は「今回の日本による支援の規模は非常に小さく、時期もかなり遅かったと言える。しかし、日本国内でのワクチン供給の混乱や、東京五輪に対する世論の反発を考えれば、やむを得ないのではないか」

日印両国は今のところ、お互いが必要な状況や文脈でのみ、協力をうたい上げる「パートナー」にとどまっているようだ。