1960年代から2000年代初頭まで、50年の長きに渡って躍動した杉原輝雄。小柄な体、ツアーでは最も飛ばない飛距離で、当時トーナメントの舞台としては最長の距離を誇る試合で勝ったこともある。2打目をいちばん先に打つのだが、そのフェアウェイウッドが他の選手のアイアンより正確だった。ジャンボ尾崎が唯一舌を巻いた選手で、「マムシの杉原」、「フェアウェイの運び屋」、「グリーンの魔術師」「ゴルフ界の首領(ドン)」と数々の異名をとったのも頷ける話だ。「小が大を喰う」杉原ゴルフ、その勝負哲学を、当時の「週刊ゴルフダイジェスト」トーナメント記者が聞いた、試合の折々に杉原が発した肉声を公開したい。現代にも通用する名箴言があると思う。
画像: 2010中日クラウンズでの杉原輝雄(撮影/姉崎正)

2010中日クラウンズでの杉原輝雄(撮影/姉崎正)

勝負強くなるには自分を騙せ

ーー「勝負強い人間は自分を楽にさせる方法を知っているもんや」

試合で追いかける側と追いかけられる側は、どちらが心理的負担が大きいかといえば、やはり後者やろな思います。追いかける側も追いつき、追い越せとそれは苦しいには違いありませんが、現にまだ届いてはいません。その時点では負けています。だからよしんばそのまま終わっても諦めはつくはずです。

ところが追いかけられる側は現に相手をリードしているのに、逆転負けでもしたら、勝ってるのに負けた!? つまり、追いかける側はうまくすると“負けが勝ち”になり、一方追いかけられる側は悪くすると“勝ちが負け”になってしまうんです。では追いかけられる側に、その不利を軽減する策がないかといえば、全くないわけではありません。その一つは相手のミスに絶対つきあってはならんという鉄則です。追いかける側がミスをしたとする。相手はしまった、これで負けかもしれんと思っているかもしれません。しかし、それにつきあってミスをした場合、追いかける側はしめたと思い、それをきっかけに勢いがつくことが多いんです。

しかしミスにつきあうな、いうてもそ、そう上手くいくものでもありません。つきあってしまう可能性のほうが高いくらい。大事なんはそんな場合、「仕方がない」という潔さが持てるかどうかです。ミスを自分にとがめて苛めることは愚の骨頂です。緊迫した場面では誰もが苦しいんです。そんな時に自分のミスをとがめてなんになりますか。

相手のミスにつきあわないことは鉄則やが、もしそうなっても自分を苛めない。気持ちを楽に持っていくように、自分を騙してやらなければならんいうのがいちばん大切なんやろ思います。

ツキに惑わされるな

ーー「ツキに一喜一憂しない。心を平らにしておくことが競り合いに強くなるコツや」

優勝を競り合っている状況で、相手がグリーンの外からチップインしたり、信じられんような超ロングパットが入ったりして、1ストローク抜け出したとします。こういうケースでは、ボクはそんなに気になりません。ツキいうものを重視するタイプではないからです。それらの1打は、寄せきれず入らず、または3パットしていたかもしれない危険含みの1打だからです。

反対に、こういうツキとは違って、ナイスショットがつながり、パットもしっかり打ててとったホンマもんのバーディなら、警戒する気になるでしょう。ボクはツキを重要視しないといいましたが、むろんゴルフは一寸先は闇や。それこそ相手のツキが、その後も続くかもしれません。そういう意味ではツキを大事にするいうことは間違いではありません。勝負事には“流れ”があり、ちょっとしたツキによって流れが変わることだってあります。つまり勝負にツキはつきもの。したがって無視はできませんが、あまりに重要視すぎると、自分を窮地に追い込むことになることがあるんです。

先ほどのチップイン、超ロングパットを決められて、「これで相手はツイてきた」という思いを持ちすぎると、次も「またやるのでは」という不安に必ずつながってきます。これがいかん。次がどうなるのか分らんのに、次も相手はツクぞと勝手に決めてやね、それで自分を苦しめてしまうんです。そうなると追いつめられた気持ちになってしまいますよ。ここはきっちり、1打だけのツキやと受け止めるべきです。ツキをあまりに重要視するために、それからの自分の心まで縛る結果になっては、鎬をけずる競り合いに勝つことなんかはできんでしょう。

文/古川正則(ゴルフダイジェスト特別編集委員)

This article is a sponsored article by
''.