被災、訪台「お別れに」 八田技師遺族の輪島出身・慶塚さん 烏山頭ダムの墓前祭に参列

墓前祭に参列し「お別れを言いに来た」と話す慶塚さん=台南市内(向島徹撮影)

 【台南=向島徹】8日に台湾・台南市の烏山頭(うさんとう)ダム湖畔で営まれた八田與一技師(金沢出身)の墓前祭には、元日の能登半島地震で甚大な被害を受けた能登の遺族が9年ぶりに参列した。八田技師の兄・智證(ちしょう)さんの孫にあたる慶塚(けいづか)靖子さん(86)=輪島市鳳至町。地震後、金沢市内の三女宅に身を寄せる慶塚さんは「最後のお別れを言うつもりで来た。すごく幸せな気分です」と、震災を経て技師の命日に合わせて訪台できた喜びをかみしめた。

 慶塚さんは輪島出身で、1919(大正8)年創業の輪島塗・慶塚漆器工房の元大女将だ。20代前半で工房の2代目修兵衛さんに嫁ぎ、塗師屋の看板を守ってきた。2012年、ダムを管理する台湾の嘉南農田水利会に蒔絵(まきえ)で八田家の家紋を描いた御膳を贈って以来、プレゼントのやり取りを継続。墓前祭には15年に初めて出席した。

 10年前に夫を亡くしてから、輪島で1人暮らしだという慶塚さん。元日の地震で自宅も工房も展示場も全壊した。「夢のようで信じられなかった。もうろうとした」と変わってしまった故郷の光景に大きなショックを受けた。それでも、技師に最後のあいさつをしようと、大量の折り鶴を持って再び墓前に出向いた。

 「地震があったけれど台湾に来ることができて幸せ。神様、仏様に毎日お参りしたことでご縁をいただいたのかな」と語った。

  ●外代樹さん兄ひ孫も参列 頼氏、赤ちゃん抱き交流

 墓前祭には、技師の妻・外代樹(とよき)さんの兄・米村貞知医師のひ孫となる会社員米村佳(かい)さん(34)=横須賀市=が、妻真紀子さん(34)、長女麗ちゃん(10カ月)とともに米村家として初めて加わった。長年参列を望んでいた父親は3年前に亡くなり、米村さんは「技師に米村から参りましたと伝えた。父の思いを代弁できた」と話した。

 頼清徳次期総統が米村さん一家に近づき、「抱っこしてもいいですか」と麗ちゃんを抱いて頭をなでる場面もあり、米村さんは「台湾との接点を大事にし、米村家のストーリーを引き継いでほしい」とわが子を見詰めた。外代樹さんがダムに身を投げて命を絶った場所も訪れた。

 82回目の墓前祭には、金沢市訪問団や「八田技師夫妻を慕い台湾と友好の会」のメンバーも出席。八田技師の孫八田修一さんや新保博之副市長があいさつした。

頼次期総統と触れ合う米村さん一家(向島徹撮影)

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