「同業他社への転職禁止」を破った元社員は、賠償金1000万を払え! 誓約書は有効?Q&A 社労士に聞く、現場のギモン(1/2 ページ)

» 2023年01月31日 05時00分 公開
[近藤留美ITmedia]

連載:Q&A 社労士に聞く、現場のギモン

働き方に対する現場の疑問を、社労士がQ&A形式で回答します。

Q: 当社では機密を守るため、同業他社への転職を禁じており、入社時には誓約書を交わしています。

 しかし、先日退職した元社員が、同業他社に就職していたことが発覚しました。誓約書に違反したわけなので、1000万円の賠償金を請求する裁判を起こそうと考えていますが、問題ないでしょうか。

A: 「退職後であっても、当該労働者が在職中に合意の上で誓約書を交わしているのだから、誓約書の内容に違反した場合には損害賠償を請求するのは当然」と思われるかもしれません。しかし、まずはそもそも「機密を守るため、同業他社への転職を禁じた」という当該誓約書の定め自体が法律上有効なのかを判断する必要があります。

「同業他社への転職禁止」は合法か?

 本件では、単に「元社員が退職後に同業他社へ転職した」という事実だけをもって、「競業避止義務違反」として損害賠償請求をしようとしているのであれば、当該誓約書の「競業避止義務」の定めについては無効と判断される可能性が高いと考えられます。損害賠償請求は認められないのではないでしょうか。

 というのも、退職後の「競業避止義務」の定めの有効性については、これまでの裁判例上、厳格に判断される方向性が示されています。具体的には、下記の6つの項目を総合的に考慮し、競業避止義務を課すことに合理性が認められる場合には、有効性が肯定されています。

  • (1):競業避止義務を課す根拠となる使用者の正当な利益(使用者の守るべき利益)があるか
  • (2):(1)があることを前提として、当該労働者の職務内容、地位が競業避止義務を課す必要性が認められる立場にあると言えるか
  • (3):競業避止義務が課される地域的な限定があるか
  • (4):競業避止義務の期間
  • (5):禁止される競業行為の範囲について必要な制限がかけられているか
  • (6):代償措置が講じられているか

 本件のように、元社員が同業他社へ転職したというだけで、他に有効性が肯定されるような事情が示されていない場合には、退職労働者の「職業選択の自由」を不当に制限しており、誓約書自体が公序良俗違反として無効と判断されると考えられるためです(民法90条)。

 同じように、退職後の「秘密保持義務」の有効性についても、

  • (1):対象となる秘密が特定、限定されているかどうか、当該労働者にとっての認識可能性があるかどうか
  • (2):対象となる秘密が重要・独自性があるかどうか
  • (3):当該労働者の職務内容や地位

などに照らして、当該労働者に秘密保持義務を課すことに合理性が認められる場合に有効性が肯定されます。

期間や範囲が限定されていれば、有効とされる場合も

photo 画像はイメージです(提供:ゲッティイメージズ)

 こうした競業避止義務の合意を有効とした裁判例としては、「美容師転職事件(東京地裁平成30年2月14日)」「株式会社成学社事件(大阪地裁平成27年3月12日)」「ダイオーズサービシーズ事件(東京地裁平成13年8月30日)」などがあります。いずれも、競業禁止の期間や範囲が比較的短期かつ限定された区域におけるものと判示されています。

 また、一般従業員ではなく例えば全国規模の事業を展開する会社で相応の高給を支給されている幹部従業員などについては、地域の制限を設けていない競業避止の合意も有効と判断される傾向があります「ヤマダ電機事件(東京地裁平成19年4月24日)」。

 ちなみに本来、在職中の労働者には、労働契約に付随する当然の義務として下記の義務がもともとあると考えられています。

  • 「秘密保持義務」:使用者の営業上の秘密の保持を損なうような行為をしてはいけない
  • 「競業避止義務」:使用者と競合する業務を行う行為(具体的には、使用者と競合する事業を営む企業への転職やそのような事業の自営、使用者の顧客の奪取を図る行為など)をしてはいけない

 これらの義務違反を行えば、労働契約上の債務不履行を問われるものと考えられます。

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