写真・高須力

 発売間もなく重版が決まるなど、反響を呼んでいる北海道日本ハムファイターズ監督・栗山英樹の著書『稚心を去る 一流とそれ以外の差はどこにあるのか』。橋本左内の言葉から取ったという本書のタイトルが示すように、現役最長8年目を迎える栗山英樹のマネジメント哲学、ファイターズの組織論そしてチームの秘話がが記されている。

 なかでも、球界随一の読書家と言われる栗山監督が本から得た、監督としてのヒントを記す項目では、自身が感銘を受け、そしてドラフト1位吉田輝星に送った本についてその思いを記している。

吉田輝星に一文を添えて渡した本

「日本の資本主義の父」といわれる実業家・渋沢栄一さんの著書『論語と算盤』は、名だたる経営者が座右の書に挙げる名著で、そこで説かれている大きなテーマは「利潤と道徳の調和」だ。

 つまり、商売をする上で重要なのは、競争しながらでも道徳を守るということ。

 人のために尽くすことと、お金を稼ぐことは一見、対極にありそうに思える。でも、決して利益を独占しようとせず、他人の富のために自分の持てる力をすべて出し尽くし、多くのことをやり遂げた渋沢さんのように、企業経営においてそれが両立するなら、人のために尽くすことと野球選手として成功することも一致するのではないかと思ったのが、この本に心酔するようになったきっかけだった。

 人間として成長しなければ、野球選手としても成長できないのではないか、ということは前々から感じていたので、「こういう野球観がいいな」と思わせてくれる考えに出会えたのは、本当に大きかった。ファイターズのチームカラーを説明したものは、こうしてでき上がっている(『稚心を去る』1章に詳しい)。

 ドラフト1位の吉田輝星には、はじめて会った指名挨拶の席で、『論語と算盤』の余白に一文を添えて贈った。若い選手にはまだ難しいかな、と思いつつも、いつか「こんな考えがあったな」と思い出してくれるといいな、という思いで薦めている。

 『論語』の教えをはじめ、正しいことは昔から変わらない。そういった普遍的なものに、選手たちにも若いうちから触れてもらう機会が増えるといいな、と。

 渋沢さんの原動力は、「自分のためにやっていない」ということ。私心がない、私欲では動かない。

 それはプロ野球選手も同じで、みんな最初は自分のためにプレーするけど、それが仲間のためになり、家族のためになり、ファンのためになる。「人のために尽くす」ということを大切にしていると、気付けば「誰かに喜んでもらう」ということが、最大の原動力になっている。

 いつか、「ファイターズの野球って、そういう野球だよね」と、ファンの皆さんに言ってもらえるようになれば最高だ。(『稚心を去る』より再構成)