《語る 星野富弘さん》(下)豊かさは幸せに結びつかない 悲しみを越えて 上毛新聞 2003年1月掲載

星野富弘さんは勢多東村立富弘美術館を誇りに思う。「自分の絵じゃなくて、山から文化を発信する存在がすごいんです」

 星野さんの詩画展が米サンフランシスコとロサンゼルス在住の日系人らの呼びかけで実現したのは二〇〇一年九月のこと。日本が国際社会への復帰を果たしたサンフランシスコ講和条約締結五十周年を記念した晴れがましいイベントだった。ところが、開催中に米国は同時多発テロに襲われ、星野さんらの帰国は大幅にずれ込んだ。なぜこの時期に…と、開催に向けて準備を進めたボランティアは耳を疑った。星野さんの胸中も複雑だったに違いない。あれから、一年以上が過ぎた。星野さんはテロにあった「9.11」を振り返る。

 確かに最初は、あー大変な時に展覧会やっちゃった。なんでこんな時期にあんな事件起こしてくれたんだって、ちょっと思ったんですけど、あそこで展覧会やった人たちも同じ気持ちだったんです。が、やっぱりあの時期が一番よかったって次第に思えるようになった。北朝鮮の日本人拉致事件のこととかもありますけど、嫌なことでもまたひとつなにか新しい幕開けにつながるんだと思う。 嫌なことといっても、みんな人間が原因をつくっている。世界のいろんな事件も結局、人間以外のものが原因じゃない。このままでいけば、嫌なことがどんどん増えていくと思うんですよ。でも、あんまり増えていけば、やっぱり人間もそんなにばかじゃないと思う。 

 星野さんはやさしい言葉を使ってゆっくり話す。表情は常に和やか。質問をはぐらかすことはない。真しに受け止め、自分の考えを伝えようとする。そこには悲しみを乗り越えた本当の強さがある。

 ここ何年か前から出会い系サイトの事件が増えてますけど、携帯電話ってみんなが無線機持って歩いているようなもんですからね。そういうもの持ったらどんなに便利だろうって思ってたけど、やっぱりそこはもろ刃の剣というか…。便利なものが手に入れば、幸せになると思って、一生懸命やってきたわけですよ。ここで考えなければならない、豊かさってどんなものか…。どんなに豊かになっても、幸せには結びつかないってことを。

 星野さんは今を盛りに咲く花にはあまり興味がない。好んで描くのは虫に食べられた野草の葉、散りかけた花、ふぞろいの野菜…。そこに人生のはかなさや世の無常を感じるからだ。星野さんの詩画が人々の心をとらえるのは、万葉の時代から日本人に受け継がれている自然観を踏まえているからだろう。花々を描いていて、実は人生や世界を見据えている。

 星野さんの詩画は世界に通じる普遍性を持っている。〇一年の米国に続いて今年十二月にポーランドで詩画展が開かれるという。日本語の詩にはポーランド語訳を付ける。「命」。その重みを語りかける星野さんの静かなメッセージはすべての国の人々に伝わる。

 よろこびが集ったよりも 悲しみが集った方が しあわせに近いような気がする 強いものが集ったよりも 弱いものが集った方が 真実に近いような気がする しあわせが集ったよりも ふしあわせが集った方が 愛に近いような気がする

 (四季抄 風の旅=立風書房より)
(終わり)

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