シニア
通勤ラッシュの人波に交じり、白髪でベリーショートがよく似合う小柄な女性が現れた。米アップルの世界開発者会議に特別招待され、「世界最高齢のプログラマー」と称される若宮正子さん(84)だ。
■「高齢者向けアプリがなかったから作ってみたの」
取材場所に指定されたのは東京・六本木ヒルズ。「ここにあるグーグル本社で、(話し掛けてさまざまな指示を出せる)AIスピーカーのユーザーとして意見を聞かれるのよ」。
さらっと口にする若宮さん。
「AIスピーカーこそ高齢者に必要なツールですよ。私は家でスピーカーに『お掃除して』って言ったら、(掃除家電の)ルンバが動いてくれるの」と力を込める。
「ちょっと着替えてきます」とトイレに向かうと、インベーダーゲームの模様のようなシャツを羽織って戻ってきた。
「これエクセルアートでデザインしたの」。名の通り、表計算ソフト「エクセル」のマスに色を付けて描くもの。「おしゃれにお金はかけないけど、自分らしさを表現するために作りました」と表情を緩ませる。
手に持つiPhone(アイフォーン)の画面は、80歳から独学でプログラミングを学び、開発したアプリ「hinadan(ひな壇)」。3人官女などひな人形を正しい位置に飾るゲームだ。
「高齢者向けアプリがなかったから自分で作ってみたの」
■「世界開発者会議に招待されちゃった」
アプリが世に出た2017年、米CNNテレビから取材を受けた際のエピソードを話してくれた。
メールで事前に渡された取材項目の返信を「あと2時間以内で」と迫られ、英語ができない若宮さんは「グーグル翻訳」を使い、四苦八苦しながら回答を作り上げたという。
「英文の質問項目をコピペ(コピーアンドペースト)して日本語に翻訳。日本語で打ち込んだ回答をまたコピペして翻訳してもらうの繰り返し」
その翻訳が、ほぼそのままニュースで流れると、瞬く間に「世界最高齢のプログラマー」の名は世界に広まった。米アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)の目にも止まり、世界中の業界関係者が注目するイベント「世界開発者会議」に招待された。同社CEOの故スティーブ・ジョブズ氏が、黒のタートルネック姿でかっこよく演説していた舞台と言われるとピンとくる人も多いはず。
若宮さんは「ITの世界は10代など若い世代への注目はあったけど、高齢者は見落とされてきたのかも」と冷静に分析する。
■「ネット始めたの実は60歳になってから」
高校卒業後、東京の大手銀行に入行し、企画開発部門で法人向け商品の開発などを手掛けてきた若宮さん。60歳の退職を機に「外の世界とつながりたい」と初めてパソコンを購入した。
まだ、コミュニケーションのツールとして使用している人が少数だった時期。シニア向けオンライン掲示板「メロウ倶楽部」に入会(現・副会長)するなど、ネットとの親和性を強めていった。
アプリ開発後は、政府の「人生100年時代構想会議」のメンバーに選ばれたり、高齢者とデジタル技術をテーマにした国連の会議で講師を務めたりしている。全国各地で講演をするのも、バラエティー番組など多くのメディアに出演するのも、シニアのITの関心を高めることを願ってのことだ。
■「ググってみてください」
冒頭のAIスピーカーもそうだが、若宮さんは「便利さの追及だけでなく、命を守るツールとして、高齢者にこそITが必要」と強調する。
例えば、災害時に配信される「避難準備・高齢者等避難開始」の緊急速報メール。高齢者は携帯やスマホをかばんに入れっぱなしにしているケースも多く、充電切れだったりすると、緊急時にまったく情報が届かない。放送も雨風で聞こえないかもしれない。民生委員さんが高齢者世帯を一軒ずつ回るのも大変だ。
「まずは高齢者がITを受け入れ、学ぶことから」と若宮さん。その前提で、「一斉配信して安否ボタンで状況を知らせるとか、超高齢社会を迎える日本では、高齢者も効率的にITを使いこなしていかないといけない」
今年6月には、“電子国家”と言われるバルト3国のエストニアを1人で訪問し、シニアも含めて国民全体にITが浸透している状況を視察した。
その内容について聞こうとすると、若宮さんは微笑みながらこう返してきた。
「ググってみてください」
■「終活なんてしなくていいんじゃないですか」
気持ちを若く保てても体力の衰えにはあらがえないのか。「老いとの闘いを実感することはあるのですか」と尋ねてみた。
「闘うなんて考えません。沈んでゆく夕日と駆けっこしても勝てないのと同じ。今できることをしてます。ごく普通のおばあさんだった私も、急にめちゃくちゃ忙しくなったらなったでやっていけてます」
ここまで話を聞き、野暮だと思いながらも一応聞いてみた。終活してますか?
「人生振り返って自分史づくりをする人もいるけど、今からコンテンツを作っていくほうが大事だと思う。終活なんてしなくていいんじゃないですか。私はフェイスブックに何があったかを毎日書き込んでいます。それが自分史になっていく。みんなからのコメントもついてね」
■「新しい時代をシニアも正しく理解する」
若宮さんのように自由に柔軟に生きたいと思いながら、多くの人は、つい他人の目を気にしたり、比べて落ち込んだりしてしまう。
若宮さんの持論はこうだ。「これからは『個人の時代』。3Dプリンターで同じ物を製造するように、『誰かと同じ』では価値がなくなっていく。だから他人と比べても意味がないんです」
これからのシニア世代に対しては、「自分の老後ばかりを考えるのではなく、次世代が経験していく新しい時代を正しく理解してほしい。それは自分たちがどのように生きていくか、楽しみにもつながりますよ」
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1935年、東京生まれ。小学4年から中学1年まで、父親の転勤で兵庫県生野町(現・朝来市)で過ごす。大手銀行退職後にパソコンを習得し、シニア世代のサイト「メロウ倶楽部」副会長やNPO法人「ブロードバンドスクール協会」の理事を務める。政府の「人生100年時代構想会議」の有識者メンバーにも選ばれた。著書に「独学のススメ」ほか。
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