ハンケイ5m

「カミングアウトしたいと思っている人が、障害なく自分のことを話せる世の中にしたい」

身近にもLGBTQの人がいることを知ってもらうための活動をしている
特定非営利活動法人 カラフルブランケッツ
理事長 井上ひとみさん(写真右)
瓜本淳子さん(左)、一緒に暮らしているラルクくん

異性婚でも同性婚でも、人と人が結ばれることに何の違いがあるだろう。「人生をともにしたい」と望む2人の関係を、証すること。「結婚」とは、愛し合う2人が自由な意思の下で取り交わす、特別な「約束」だ。だから私たちは、その「約束」が幸せとなることを願い、心からの祝福を贈る。
現在、日本では法律上の性別が同じ2人は婚姻届が受理されず、互いが配偶者として法的には認められない。そのため、愛し合う同性愛者が生活を共にするとき、多くの問題が生じる。配偶者控除を受けられないだけでなく、生命保険の受け取り、医療現場の立ち会い、相続などあらゆる場面で、困難を強いられる。「結婚の自由を、すべての人に」と望む声は、「誰もが人として尊重される社会に」という当たり前のことを求める声だ。

「同性愛者も異性愛者と同じように暮らしていい。制度として同性婚が認められたら、それがみんなにわかってもらえる。差別や偏見がなくなるきっかけにもなると思います」。NPO「カラフルブランケッツ」理事長の井上ひとみさんは、そんな思いから、身近な同性カップルを写真と手紙で紹介する展示会「私たちだって〝いいふうふ〟になりたい展」を開催している。獣医師として働く傍ら、同じ社会で暮らすLGBTQ(性的少数者)の当事者のひとりとして、同性婚の法制化を求め、全国で講演活動をしてきた。「できることならカミングアウトしたいと思っている当事者が、何の障害もなく自分のことを話せる世の中にしたい。それが私の目標です」。

■孤独を支えた、恩師の言葉

偏見を恐れ、深い孤独を抱えながらLGBTQである自分を生きる人は多い。かつて井上さんもその一人だった。自身が同性愛者だと自覚したのは、高校3年生の時。
「同じ学年に、可愛くて、勉強ができて、英語が話せて、バイオリンも弾けて…という女子がいたんです。気が付くと、その子のことばかり考えるようになっていました」。
焦がれる想いは、今にも溢れ出しそうだった。「これはもう、友達に対して抱く感情じゃないな、と感じました。『私は恋愛対象として、女性が好きなんだ』と、その時はっきり思いました」。
井上さんが通っていた高校は、私立のキリスト教系の学校だった。授業や礼拝で学ぶ聖書では、同性愛が「罪」として書かれていた。同級生の中には、学校でいつも一緒に過ごしている女子2人を指して「気持ち悪いから、関わらないでおこう」と陰口を言う生徒もいた。
「同性が好きだという気持ちは、絶対に他人に言ってはいけないと思っていました。でも同時に、自分の気持ちはおかしなことではない、好きになった人にはいつか思いを伝えたいとも思っていたんです。相反する気持ちがないまぜになっていました」。

そんなある日、キリスト教学の授業で、担当の先生が「今日は同性愛についての授業をする」と切り出した。「カリキュラムにもないテーマなのに、一体なぜ?」と驚いたものの、教壇に立つ男性教師は普段と変わらない声で話し始めた。
その教師は、原田博行さん。学生時代から音楽活動を始め、プロのミュージシャンとしても活動していた。原田さんは、バンドメンバーの女性が同性愛者だったことに触れながら、話をした。
「彼女は僕の大切な友人であり、ともに音楽を作るバンドメンバー。自分らしく生きる彼女の輝きを、僕は本当に素敵だと思っています。キリスト教では同性愛が罪だと言われているけれど、僕は一人のクリスチャンとして、全くそうは思わない。神様は、その人がその人らしく生きることを、否定するわけがないから」。
自分自身が経験したことを通して、同性愛について肯定的に語る大人に、井上さんは初めて出会った。
「あの授業に救われ、自己肯定できました。原田先生の言葉はその後もずっと、自分の人生の芯となり、支える柱になっています」。

■同性カップルの結婚式

現在、大阪市内で動物病院を開業している井上さんは、パートナーの瓜本淳子さんと2人で暮らしている。2人は、2015年に大阪市で開催された『レインボーフェスタ!』で結婚式を挙げた。
「まさか自分たちが結婚式を挙げられるなんて、想像もしていなかった。とても嬉しかったです」。
性の多様性を訴えるレインボーフェスタは、参加者が2万人を超える大規模な催しだ。その中で同性同士の結婚式をみんなの前で挙げるというイベントがある。井上さんは、2014年にもこのイベントに参加し、男性のカップルが結婚式を挙げ、祝福される様子を見て心を動かされていた。
「『あなたもやってみませんか?』と声をかけてもらったんです」。パートナーの淳子さんと相談し11ヶ月悩んだ末に2人揃ってウエディングドレスを着て結婚式を挙げることを決めた。決めるのに時間がかかったのは、一つだけ気がかりがあったからだ。「自分たちが同性愛者だということを、ずっと周りに隠して過ごしていたんです」。

■祝福に包まれて

井上さんは獣医として、淳子さんは動物看護師として同じ動物病院で働く同僚でもあった。公開の場で結婚式を挙げれば、誰に見られるか分からない。もし、動物病院の患者さんに知られたらどうなるだろう。「あの動物病院の獣医と動物看護師、同性愛者らしい。気持ち悪いから行くのやめようよ」。頭をよぎる不安な想像が、井上さんを躊躇させた。
背中を押してくれたのは、動物病院を共同経営している院長だった。
「そんなことを言う人は、うちの病院に来てもらわなくて結構。何も心配せずに結婚式を挙げたらいいよ」。

LGBTQについて理解し、支援する人たちをアライ(ally)と呼ぶ。英語で「味方」や「同盟」という意味だ。当事者の思いを受け止め、そっと寄り添う。そんなアライの立場を貫く院長の言葉が、2人を勇気づけ、何よりの祝福となった。
「自分と同じような人はどこにもいない、と孤独を感じてきました。私がレインボーフェスタで顔を出し、結婚式を挙げることで、そんな孤独な人を勇気づけられるかもしれない。そうなれば、私たちの結婚式はすごく大きな意義があると思ったんです」。

■味方になってくれる人は、この社会にはたくさんいる。

結婚式を控え、井上さんはカミングアウトを決断する。先輩後輩、以前の勤務先の同僚、連絡先がわかる友人知人約300人に電話やメール、SNSを使って「今度、同性のパートナーと結婚式を挙げることにしました」と知らせた。
その中には、高校時代に思いを寄せた女性もいた。井上さんは彼女に思いを伝えたが、それ以降は疎遠になっていたのだ。「あの当時はどう対応したらいいかわからなくて、申し訳ないことをしたと思っている」。彼女から、そんな気持ちを聞くこともできた。結婚式の会場に、2人を祝福する彼女の姿もあった。

■見えない壁に気づくこと

「結婚式は何度挙げてもいいなと思うほど、とても幸せな時間でした。カミングアウトしたことで、周囲にプライベートの話ができるようにもなった。気持ちが楽になりましたね」。
味方になってくれる人が、この社会にはたくさんいる。だから、自分は自分のままで大丈夫。結婚式とカミングアウトを経験して、井上さんはそう思える心の余裕ができたという。
SNS上では時に、LGBTQや同性婚に対する偏見に満ちた言葉が飛び交う。同性婚法制化の実現に向けた道はまだ途上、その道のりは、決して平坦ではない。

でも井上さんは「私個人の希望的観測ですが」と前置きした上で、「数年では無理でも、10年後くらいには、状況は変わっているんじゃないかな」と明るく語る。
「今まで偏見を持っていた自分に気付かされた」「カミングアウトされたら、自分も受け入れたい」。これまでパネル展や講演を通して、そんな感想を伝えてくれる人たちに、井上さんは何人も出会ってきた。今の状況を変えようと思う人たちが、当事者以外にも少なからずいる。
「そのことが嬉しいし、ありがたいと思う。だから、多少しんどい思いをしてでも、自分が発信し続けていく意味はあると思っています」。
まず、見えない壁に気づくことが、初めの一歩になる。今を生きる誰もが、自分らしい笑顔で人生を歩めるように。その壁を穿(うが)つべきは、私たち自身なのだ。

(2023年10月11日発行 ハンケイ5m vol.9掲載)


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