社説:名札の見直し カスハラ対策へ知恵集めよ

 新学年になって教科書や体操服に自分の名前を書いて、ワクワクした思い出は多くの人にあるだろう。

 ただ近頃、そうした名前を身に着ける「名札」を巡り、役所や会社の窓口、接客担当らの氏名表示を見直す動きが、全国で広がっている。

 京都市は年度替わりに合わせ、職員が身に付ける名札の表記をフルネームから姓だけに変更した。無断撮影され、交流サイト(SNS)上で個人攻撃されるなどの迷惑行為への懸念からという。

 顧客が従業員に理不尽な要求をする「カスタマーハラスメント」(カスハラ)の被害が社会問題となり、各分野で対策が進められつつある。

 利用者の信頼や利便性を損なうことなく、職員のプライバシー保護と業務遂行を両立させるかが課題となっている。

 行政サービスの現場でカスハラ被害は看過できなくなっている。全日本自治団体労働組合(自治労)が2020年に行った組合員調査で、過去3年間に住民から迷惑行為や悪質なクレームを受けた人が46%に上った。暴言や長時間のクレーム、居座りなどが目立っている。

 加えて、岡山市では「SNSに名前をさらす」と職員が脅される事案があり、昨年10月から名札表記を姓のみにした。

 そうした直接的な被害は、京都市では確認されていないが、各地の自治体で相次ぐ対策を受けて見直した。

 名札自体は、責任ある応対をする上で必要という立場で、「姓だけでも職員の識別ができれば問題ないと判断した」という。住民に混乱を招かず、トラブルに発展させない組織的対応の拡充も併せて求められよう。

 顧客応対が多い交通機関、サービス業界も対策を急いでいる。不当な抗議、謝罪や金品の要求などで従業員が病欠や退職に追い込まれ、営業を続けられない事例もあるなど深刻だ。

 全日本空輸では昨年4~9月、「手数料なしで解約しろ」との要求や暴言など計140件のカスハラ行為があった。今後、運送契約の約款に搭乗を拒否する迷惑行為を明示し、対策強化を図るとしており、他社も参考になるだろう。

 バスやタクシーでは昨年8月、車内に義務付けられていた運転手の氏名掲示が廃止された。ネットなどでの中傷を防ぐ一方、乗客が識別できるよう車両ナンバー掲示は続けている。

 カスハラは、パワハラやセクハラと違い、法律による規制が存在しない。厚生労働省が22年に企業向け対策マニュアルで指針を示したが、強制力はない。

 消費者として正当な苦情や改善要求の権利は当然あり、萎縮させない配慮も欠かせない。東京都などはカスハラ防止の条例制定へ動いている。国も知恵を集め、実態把握と対策の構築に取り組んでもらいたい。

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