『こころをリセットする5つのルール 「イヤな気持ち」を今すぐ消す方法』(林 恭弘著、総合法令出版)の著者は、日本メンタルヘルス協会心理カウンセラー・講師。
カウンセリング活動を筆頭に、心理学ゼミナール講師、企業・学校・各種団体を対象とした講演会・研修会講師として活動しているそうです。
活動の目的は、日常生活に実践的ですぐに役立つ心理学を紹介すること。そこで本書においても「イヤな気持ち」をすぐに消すことのできる、心理テクニックを紹介しているのです。
心理学の目的の一つは、「悩みを解消(軽減)する」ことです。しかし、一瞬にして悩みを解消する方法などはありません。
ある程度じっくりと時間を取り、自分を整理してみることが必要になります。そう、「たいせつな自分のために時間を使う」ということです。(「エピローグ」より)
そんな本書のなかから、第5章「疲れない人間関係をつくる」に焦点を当ててみたいと思います。著者がこの章に込めているのは、次のような考え方です。
私たちが生きているこの世界では「自己完結」しているものは一つもありません。仕事もプライベートも、誰かと出会い、関わり、協力することで成り立っているのです。
その関係性がうまくいっているときに「幸せ」という状態が生まれます。うまくいっていないときに「不幸」という状態が生まれます。
つまり、私たちの生活も人生も、「人間関係の質」によって豊かさが決定するのです。(「エピローグ」より)
気まずい空気をつくる人がやりがちなこと
著者によれば、コミュニケーションに疲れを感じてしまう人は、軽い対人恐怖症であることが多いのだそうです。そうした人の特徴は、相手に話しかける前から疑心暗鬼になっていること。
・いま話しかけると迷惑かもしれない
・厚かましいヤツだと思われるかもしれない
・変なことを言うヤツだと思われるかもしれない
・好感を持たれる言葉で話しかけないと…
(136ページより)
たとえばこのように、頭のなかが“変に思われないように”“嫌われないように”という思いでいっぱいになっているということ。
ところが実際は、自分が思っているほど誰もこちらのことなど気にしていないものでもあります。いってみれば、完全に自意識過剰で、疑心暗鬼になっているだけだということ。
なお、気まずい関係ができるのは、大変な出来事があったからではなく、その出来事のあとに会話が減ることが原因なのだといいます。簡単なことです。
話さないと人間関係の溝はどんどん深くなるため、さらに疑心暗鬼になり、不安や恐怖を増幅させることになってしまうわけです。
すると必然的に、さらにストレスがたまっていくことにもなるでしょう。そしてこうした悪循環は、コミュニケーション環境が改善されない限り続くものでもあります。
しかも疑心暗鬼でい続けると、次のように溝ができてしまうものでもあると著者は指摘しています。
①怖いから話さなくなる
②「自分のことを嫌っているのではないか」とさらに疑心暗鬼になる
③怖い想像が膨らんで話せなくなる
④近づきたくなくなる
(137ページより)
たとえば会社の場合であれば、「成果主義」を色濃く反映させたことによって個人主義的な風土となり、その結果、離職率が高まるというような可能性もあるでしょう。
それは人間関係の溝が生まれたことによるもので、究極的には会話不足が原因だと著者は言うのです。
しかし、「話しても怖い」「話さなくても怖い。でも話さないと、もっと怖くなる」というのであれば、疑心暗鬼になる前に、玉砕覚悟で相手に突っ込んでいって接してみるほうが精神衛生上はいいかもしれません。
ただしそれは、高いレベルのコミュニケーションをとれということではないそうです。そこで注目すべきは、コミュニケーションを円滑にとっている人たちの共通点。
彼らは、相手がなにをしているときでもまったく気にせず、「すぐに話しかけている」というのです。
特にしゃれた会話をするわけでもなく、おもしろいジョークで相手を笑わせるわけでもなく、ただ「気軽なひとことをかけている」だけだということ。だから、共感を呼ぶというのです。
吉田兼好が徒然草で唱えている「もの言わざるは、腹ふくるるわざなり」の通り、「話をしなければ、どんどん腹(胸)の中に言いたいことをため込んで、心にも体にもよろしくない」ということです。
特に沈黙は、恐ろしい時間となるはずです。 まずは、「たったひと言」でいいので、相手にかまわずに声をかけてみることです。
そこから、へたくそな会話でいいので話をつないでいくようにするだけで、りっぱな「親しい会話」になるはずです。(140ページより)
そして、自分が気になっていること、聞きたかったけれど聞き逃していたことなどを会話に入れていくだけでいいということ。(136ページより)
自分も相手も疲れない気持ちの伝え方
素直でなければ、人間関係はうまくいかないもの。では、素直とはどのような気持ちや状態なのでしょうか?
たとえば、あなたから見てまだ知識・技術とも未熟な後輩がいるとします。彼に仕事を依頼しましたが、案の定あなたが期待をした結果が出ませんでした。
彼は同じような内容の仕事を、いままでに幾度か経験しているはずです。 イライラしたあなたは、「何度やったらできるようになるんだ! やる気はあるのか!」と思わず叫んでしまいます。
後輩は黙ってうつむいたままです。あなたに叱られたことにショックを受けているのか、反省しているのか、受け流しているだけなのか、固まったまま動きません。(中略)
そのあとは何とも言えない空気が職場に漂い、他のメンバーとあなた自身の間に後味の悪い思いが残ってしまいました。 さて、このときのあなたの素直な気持ちは何だったのでしょう。 ①自分の思うように仕事ができない後輩がムカツク
②成果を上げないと、自分の評価が下がるかもしれないという不安
③くり返し指導をする時間的・精神的余裕がない焦り
④他のメンバーに迷惑がかかるかもしれないという心配
⑤いいチームワークで高い成果を出せる職場にするという、理想に近づかないことに対する焦り
(146ページより)
①は、感情を後輩にぶつけ、攻撃することによって憂さ晴らしをしているようなもの。②は、自分に対する保身。この状態にあるとき、「がんばろう」と協力してくれる人はまずいないということになります。
もしも①②の気持ちが腹の底にあるのだとしたら、すぐに正すべきだと著者は主張しています。いくら素直な気持ちだからといっても、①②のような思いをそのまま伝えたところで、相手との関係が良好になるはずがないからです。(145ページより)
目的・目標がわかる「相手本位」の伝え方にする
一方、素直な気持ちのなかでも、個人的な感情の発散でもなければ、保身でもないのが③~⑤。職場や他のメンバーに対する影響にまつわる「相手本位」「仕事本位」の本音だということです。
そして、次のように相手をフォローするのであれば、誰にでも理解してもらえて納得も得られるもの。
③「くり返し教えてあげられる余裕がなくて、申し訳なかったね。今回のことを活かして、ぜひ次回からはこの仕事を完璧に終わらせてね」
④「知っての通り、少人数で目標達成しなければならない状況だから、君にも大きな戦力になってほしい。他のメンバーの負担を少しでも減らして、皆が活躍できるようにしたいんだ」
⑤「いいチームワークで最高の仕事を創っていきたいんだ。まだまだ不慣れかもしれないけれど、もちろん君もその大切なメンバーの一人だ。期待しているから、頼んだよ」 (148ページより)
また⑥として、「わからなければいつでも質問してね。そうじゃないと、君が困ることになるからね。そのかわりメモをしっかりとって、一回でマスターしてね」というようなフォローも考えられるそうです。
そして、もしも「そんなに長々と言えない」と感じるのなら、デール・カーネギーの「雑談を嫌うな」という言葉を思い出してほしいと著者は書き添えています。
あなたが、
・何を感じているのか
・何を心配しているのか
・何を目指そうとしているのか
・相手をどのように見ているのか
(149ページより)
これらを伝えない限りは、どれだけ怒鳴りつけたとしても、なんの変化も期待できないということ。しかもその内容は、仕事本位で公平で、相手を尊重していなければ納得を得ることは不可能。
また当然ながら、そのような会話をしたからといって、完全に問題が解決するわけではないかもしれません。しかし、だからこそ相手のDNAに刻み込むような気持ちを持って、何度も話し続けることが大切なのだというのです。(148ページより)
素晴らしい本は多いけれども、人が1冊の本から得られるものはひとつかふたつではないか。著者は経験上、そのように考えているのだそうです。
つまり本書も、そのような気持ちで読み、活用できそうなとことを見つけたら活用してみればいいという考え方。たとえば「なるほどなあ」と感じた部分があれば、ひとつだけ実践してみる。
そして、次はまたひとつ。そうやって少しずつ、自分の心をコントロールする能力を養っていけばいいわけです。
Photo: 印南敦史