「翼をください」「学生街の喫茶店」から「水戸黄門」「ベルばら」まで。作詞家・山上路夫さんがメロディーから紡ぎ出した昭和の大ヒット曲“誕生秘話”

2024.05.01
by gyouza(まぐまぐ編集部)
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高度経済成長期から80年代にいたる昭和時代に、大ヒット曲の作詞を数多く手掛けてきた日本を代表する作詞家・山上路夫。「世界は二人のために」「瀬戸の花嫁」「翼をください」「お世話になりました」などの歌謡曲から、「水戸黄門」「ベルサイユのばら」などのテレビ主題歌、そして「マーブルチョコレート」「愛のスカイライン」などの有名CMソングまで、その代表曲には枚挙にいとまがありません。今回、そんなヒットソングメーカーである山上さんに、今となっては早すぎたザ・タイガースの名盤の裏に隠された貴重なエピソードをはじめ、ヒットソングの誕生秘話などについていろいろとお話を伺いました。(まぐまぐニュース!編集部 gyouza)

山上路夫(やまがみ・みちお):作詞家。1936年、東京都生まれ。父は『港が見える丘』『荒鷲の歌』などの作詞作曲で知られる音楽家・東辰三。雑誌『平凡』が募集した松尾和子の歌の詞に応募して当選し、作詞家デビュー。赤い鳥『翼をください』、アグネス・チャン『ひなげしの花』、梓みちよ『二人でお酒を』、天地真理『虹をわたって』、GARO『学生街の喫茶店』、由紀さおり『夜明けのスキャット』など昭和歌謡史に輝く名曲を生みだす。『世界は二人のために』『瀬戸の花嫁』『お先にどうぞ』で日本作詩大賞、『禁じられた恋』で日本レコード大賞作詩賞、日本レコードセールス大賞作詩賞など受賞多数。

「旧約聖書」をテーマにした、壮大なシングル盤と一枚のアルバム

──本日は、お忙しい中、お時間をいただきありがとうございます。山上路夫さんが作詞を手掛けられた「翼をください」「世界は二人のために」や「夜明けのスキャット」「瀬戸の花嫁」「学生街の喫茶店」「私鉄沿線」などの作品は、いまも世代を超えて多くの方々に愛されています。今年の3月13日には、その集大成であるCD5枚組のBOXセット『山上路夫 ソングブック ―翼をください―』(ソニー・ミュージックレーベルズ)が発売されました。

『山上路夫ソングブック -翼をください-』CD5枚組、ソニー・ミュージックレーベルズ

山上路夫ソングブック -翼をください-』CD5枚組、14,850円。ソニー・ミュージックレーベルズ

いまも作詞家生活60年を超えてご活躍中の山上さんに、本日は他のメディアがお聞きしないような、少し“コア”な話をお聞きできればと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。

山上路夫(以下、山上):こちらこそ、よろしくお願いいたします。

──突然ですが、私にとって、山上作品として一番に思い浮かぶのが、日本のグループサウンズを代表するザ・タイガースの『ヒューマン・ルネッサンス』(ポリドール/1968)というアルバムなんです。本当に大好きなアルバムで、これはアナログ盤も持っています。

ザ・タイガース『ヒューマン・ルネッサンス』

ザ・タイガース『ヒューマン・ルネッサンス』

「生命のカンタータ」「緑の丘」「朝に別れのほほえみを」「割れた地球」「廃虚の鳩」と、一枚のアルバムで5曲も山上さん作詞の作品が入っているんですが、中でも「廃虚の鳩」という曲が大好きです。これは、ジュリー(沢田研二)ではなく加橋かつみさんがボーカルですよね。

 

この『ヒューマン・ルネッサンス』というアルバムのトータルコンセプトが「旧約聖書」だったと聞いていますが、当時としてはとても斬新なアルバムだったと思います。これはどういったきっかけで、このコンセプトを着想されたのでしょうか?

このアルバムが発売される3ヶ月前に、同じくグループサウンズのアダムスのデビュー作『旧約聖書』(CBS・ソニー/1968)の作詞も手がけられていますよね?

アダムス『旧約聖書』image by: discogs

アダムス『旧約聖書』image by: discogs

こちらも、タイガースの「廃虚の鳩」と同じく作曲家でアルファ・レコード創始者の村井邦彦さんとのコンビでした。同じ旧約聖書つながりなので、何か関係があるのかと思いまして、今日はぜひ一番にお聞きしたいと思っておりました。

山上:あれはね、タイガースが人気絶頂だった1968年当時、女の子向きの曲ばかり歌っていたことにフラストレーションがたまっていたそうなんですね。自分たちはもっと大人の曲、英米のロックバンドみたいな曲を歌いたいんだと。そこで、所属していた渡辺プロダクションが「だったら、そういうLPを一枚作ろう」ということで、制作が決まったらしいんですよ。彼らの新境地となるアルバムを作ろうということで、旧約聖書を土台にして、作詞・なかにし礼&作曲・すぎやまこういち、作詞・山上路夫&作曲・村井邦彦という組み合わせで5曲づつ書いたんです。作詞作曲のコンビ同士でお互いに「いい曲を作るぞ」という競争心もありました。いつも夜中までかかってレコーディングしたことをおぼえています。けっこう大々的に宣伝したんですよ、事前の打ち合わせもばっちりやってね。

──なるほど、なかにし&すぎやま、山上&村井という2つのチームがアルバムを作ることは決まっていて、それを前面に押し出していたんですね。

山上:そのアルバムの最後に収録されているのが「廃虚の鳩」で、この曲はLP向けに作ったんですけど、シングル盤で出すことは決まっていなかった状態で書いた曲なんです。ところが、プロダクション側が「この曲をシングルで出す」と言ったわけ。

ザ・タイガース『廃虚の鳩』シングル盤 image by: discogs

ザ・タイガース『廃虚の鳩』シングル盤 image by: discogs

──アルバムに入ることは決まっていたけれど、この曲がシングル盤になるとは思っていなかったんですね。

山上:そうなんです。ところが、それまでオリコンのヒットチャートで万年1位をとっていたタイガースが、この曲で3位になっちゃったんですよ。つまり売上がちょっと落ちたことで、タイガースの人気に「翳り」が見えはじめたんです。その後、僕はナベプロの渡辺晋社長に「あいつがタイガースをぶっ壊した」と陰で怒られました。

──シングルにするつもりで書いた曲でもないのに、ヒドい話ですね。

山上:なぜか僕だけの責任になっちゃった(笑)。

──でも『ヒューマン・ルネッサンス』というアルバム自体、タイガースのメンバーはとても気に入っていたそうですし、あの曲でボーカルをとった加橋さんは「あのアルバムが分かる人が本当のタイガースファンだ」って言っていたそうですね。メンバーが作詞作曲を手がけた曲もあったり、ジュリー以外のボーカル曲があったりと、タイガースにとっては思い入れのあるアルバムになったようです。

ザ・タイガース『ヒューマン・ルネッサンス』は歌詞カードと本体が一体化している

ザ・タイガース『ヒューマン・ルネッサンス』は歌詞カードと本体が一体化している

山上:このアルバムが出た後に、加橋くんはタイガースをやめて「ヒッピー」になっちゃって、裸足のまんま羽田空港へ行って飛行機でパリへ行っちゃうんですけどね。

──加橋さんにとっては、タイガースのメンバーとして最後のアルバムで、B面最後の曲が自身のボーカル曲「廃虚の鳩」だったというのも、何か象徴的ですよね。

山上:この後になって、グループサウンズ自体の人気はどんどん衰退してしまうんだけど、そのきっかけになったのが、あの「廃虚の鳩」という曲だったのかもしれないですね。まあ他にも要因はあっただろうし、あくまで僕の考えだけど。

──それまで、グループサウンズには日本中の若い女性たちが熱狂していたんですよね。社会現象になるくらいの。

山上:そうなんです、凄かったんですよ。で、怒られました(笑)。

──そうしますと、タイガースの『ヒューマン・ルネッサンス』より前に書かれた、アダムスの『旧約聖書』という曲は、どんなきっかけで、そんな壮大なテーマの曲を書かれたのでしょうか?

山上:あまりよく覚えていないんだけど、グループサウンズの曲をいろいろ書いているときに、テーマとして「歴史的なものが何かできないか」と考えていたんですよ。そうしたら「聖書」というテーマが出てきて、そこに人間の生きざまみたいなものがいっぱい出ているから、旧約聖書をテーマにした曲を作ったら新しいんじゃないか、ということで書いたんです。

──それをさらに押し進める形で、タイガースの『ヒューマン・ルネッサンス』ではアルバムのトータルコンセプトとして設定されたわけですね。

山上:そう、あのアルバムは全部、物語ができているんですよ。ノアの方舟とか洪水とか、そういったものが出てくるストーリー立てになっているわけです。でも、女の子にこういう曲はウケなかったみたいですね。タイガースの売り方はアイドルだったんです。これは人から言われたんだけど、PTAから「ダメだ」って言われていたタイガースを、PTAが認める「良い子」にしちゃったからダメだったんだよって(笑)。今の時代になって、このアルバムは面白いって言われてるみたいね。

──以前のタイガースとはまったくイメージの違うアルバムですから、ファンも驚いたのかもしれませんね。人間とは?どう生きるか?みたいな歌詞が多いですし。

山上:ワー!とかキャー!とか言われていたタイガースだから、それが教科書みたいな歌を歌わせて、水をぶっかけちゃったのかなって(笑)。ただ、あのアルバムが好きで大切にしている人は結構いるみたいですね。

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──当時はいろいろな事情があったかもしれませんが、今になって聴くと、スタンダードになりうる一面があったということですね。本当に素晴らしいコンセプトアルバムだと思います。今回発売された『山上路夫 ソングブック』には、アダムスの『旧約聖書』とタイガースの『廃虚の鳩』が一緒に収録されているというのは嬉しいですね。サブスクで『旧約聖書』は解禁されていませんので、今回のBOXセットで聴き比べることができますから。今までずっと謎だった、アダムス 『旧約聖書』とタイガース『ヒューマン・ルネッサンス』との関係の謎が解けました。ありがとうございます。

山上:ああ、アダムスの曲はまだサブスクで聴けないんですか。だったら、今回の『ソングブック』で両方とも聴けるからいいですね。

作曲家・村井邦彦とアルファミュージックのこと

──その『山上路夫 ソングブック』のブックレットにも書かれていますが、作曲家の村井邦彦さんとは出会ってすぐに森山良子さんの曲で初仕事し意気投合、そして1969年に2人で一緒に音楽出版社「アルファミュージック」を立ち上げられます。アルファはのちに日本の音楽シーンを牽引することになるわけですが、アルファとの仕事で印象に残っている作品はありますか?

山上:やっぱり、赤い鳥、ガロ、それとブレッド&バターに書いた作品は強く印象に残っていますね。

──赤い鳥「翼をください」は、山上さんと村井さんコンビの代表作ですし、日本のスタンダードソングを代表する1曲ですよね。ガロの「学生街の喫茶店」も70年代を象徴する大ヒット曲だと思います。

ブレッド&バターの湘南三部作のラストを飾るアルバム『Pacific』の最後に収録されている「一枚の絵」という曲があるのですが、この曲の作詞も山上さんでした(作曲:滝沢洋一)。この曲は、シングルにもなっていないアルバム収録のみの曲なんですが、最近SNS等で聴けるようになった影響で「こんなに美しい曲があったんだ」と若い世代からも高く評価されているようです。サブスクで解禁されたことによって、過去の隠れた名曲が再評価されるのは嬉しいですよね。

山上:ヒット曲じゃなくても、自分の作品を知ってもらえるというのは嬉しいし、良いことだよね。僕は作詞をするとき、いつも「時間」というものを意識して書くんですよ。「今の美しい時間をとどめたい」という。「一枚の絵」もそういう詞だったと思うんだけど、今の美しい時間を一枚の絵としてとどめたいという感じかな。実は、2023年に村井さんと「きらめき」っていう曲を作ったんですよ。その曲も「一枚の絵にしたい」みたいな歌詞ですから、この時間をとどめたいっていう思いは僕の中にずっとあるんだと思います。知らないうちにダブっちゃったけど(笑)。

──これは偶然といいますか、期せずしてそういう歌詞が浮かんだということですよね。村井さんとは「きらめき」で久しぶりにコンビを組まれたわけですね。

山上:ひさしぶりだね、彼もあんまり曲を書かないから(笑)。村井さんとの曲の作り方は、昔から村井さんが先に曲を書いて僕のところに送ってきて、それを聴いて僕が詞を書くというパターンです。彼から曲が送られてこないから、しばらく一緒にやってなかったけど(笑)。村井さんは『モンパルナス1934』(日本経済新聞社編集委員・吉田俊宏氏との共著、blueprint刊)という小説を2023年に上梓したんだけど、その本のテーマ曲にしようということで、その「きらめき」って曲を書いたんです。詞をつけてほしいということで、その曲が送られてきました。

『モンパルナス1934』

モンパルナス1934』村井邦彦×吉田俊宏 blueprint刊

──『モンパルナス1934』は、文化人のサロンとして知られたイタリアン「キャンティ」創業者の川添浩史氏をモデルに、彼が過ごした1930年代のパリ・モンパルナスでの芸術家たちとの交流を描いたヒストリカル・フィクションですが、この小説の世界観を詞に反映したのでしょうか?

山上:いや、その小説の内容とは直接関係ないんです。歌詞の最初に海が出てくるんですよ、人の出会いのところに。村井さんの曲が、やっぱり海の音だなと思ったので、海が舞台になってます。

──今まで海を舞台にした歌詞って割と多かったですよね?

山上:割とありますよ、だいたい山よりも海だね。

──なぜなんでしょうね、苗字には「山」が付いていますけれど(笑)。

山上:山は書きにくいかもなぁ。山って劇としてあまり成り立たないかもね(笑)。

──主人公がいる場所は、小高い丘や山なのかもしれないですけど、見えている風景は大きく開けた海岸や海なのかもしれませんね。

山上:そういうこと、初めて言われたよ(笑)。たしかに言われてみれば海のほうが多いかもしれない。今は時代が変わって、売れた曲、売れなかった曲というとらえ方じゃなくて、純粋に「良い曲かどうか」という価値観になったことは、作詞家として嬉しいですよね。

──そういう意味ではいい時代になりましたよね。

山上:昭和の頃の作家は大変だったんですよ、良い曲も書かなきゃいけないし、ヒットもしないといけないという。レコード会社から責められていたから。社長から直々に「絶対に売ってくれ!」と言われたりするんですよ。「金がかかってるんだから」って(笑)。

──アルファ関連のアーティストにたくさん詞を書かれていたと思うんですが、その中で、コーラスグループの「クレスト・フォー・シンガーズ」にも提供した歌詞があったと思います。アルバム『スウィング・エイジ』(ディスコメイト/1980)に収録されていた、「ヒア!ジャマイカ」という曲があるんですが、この曲を作曲した滝沢洋一さんの自宅から、この曲のデモ・テープが出てきました。歌詞が無いので、この曲は曲先(曲が先にできて、あとから歌詞を作ること)だったことが判明しています。ちょっとお聞きしていただいてもよろしいでしょうか?(スマホの場合は、Listen in browser の文字をクリック)

こちらが、完成した曲です。

山上:覚えていないなぁ(笑)。曲先っていうのは、いろいろな作業があるんですよ。まず、その曲自体を活かさなきゃいけないというのと、その曲の中で自分の書きたい世界を構築するということですね。歌い手さんがいたならば、その歌い手さんのことも考えなきゃいけない。そして、今までにない曲にしないといけない。まあ、曲を殺しちゃったら駄目だから、活かすというのが大変ですね。

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赤い鳥「翼をください」誕生秘話

──コーラスグループの「赤い鳥」の代表曲で、今や音楽の教科書にも載っている「翼をください」も、曲が先ですか?

山上:あれは、僕が先に詞を書いたんです。村井邦彦に渡したら、彼が曲を書いて僕のところに戻ってきたんですけど、詞が曲に負けていたんですね。「これじゃダメだ」って、書き直そうと思ったんです。ところが、赤い鳥が三重県志摩郡浜島町(現・志摩市)の「合歓の郷(ねむのさと)」で開かれたプロ作曲家のコンテスト「合歓ポピュラーフェスティバル’70」に出場するために書いた作品だったんですけど、出演日まで3日しかなかった。3日で書き直して、赤い鳥に歌詞がわたったのがコンクール当日の2時間前だったんです。まだ、アレンジができていなくて、村井さんが楽屋でコーラスアレンジをやったらしいんです(笑)。

──本当にギリギリだったんですね。聞いた話によると、赤い鳥の山本潤子さんは「バスの中で歌を練習したのよね」と言っていたそうです(笑)。でも、そのとき書き直していなければ、現在も歌い継がれているあの曲はなかったわけですから、そう考えると奇跡ですね。

山上:しかも、最初の「翼をください」は今みたいな歌い方じゃなくて、もっとロックっぽい歌い方だったんです。それはYouTubeに載っていますよ。

「学生街の喫茶店」「私鉄沿線」は曲先?詞先?

──今とはまったく違う歌い方なんですね。山上さんは、曲先と詞先どちらが多かったのでしょうか?

山上:僕は曲先が80%以上でしたね。だいたいポップス系は曲先です。曲先のほうが歌詞が作りやすいんですね。

──たとえば、ガロの「学生街の喫茶店」は曲先ですか?

山上:あれは曲先ですね。すぎやまこういちさんは、ああいう詞じゃない世界を思い浮かべて作曲したと思うんですよ。もうちょっとクラシックとかバロックとか、中近東みたいなイメージだったと思うんですね。それをガラッと変えちゃったんだけど(笑)。大野克夫さんがアレンジして、間奏でコブラの踊りみたいなピロピロピロという音が入ってるでしょ? やっぱり中近東という感じだったんでしょうね。たぶん驚いたと思いますよ、「学生街の喫茶店」なんていうタイトルだったから(笑)。

──ボブ・ディランなんて出てきますからね、大変驚いたと思います(笑)。野口五郎さんの「私鉄沿線」も曲先ですか?

山上:あれは詞先なの。あの曲はプロデュースを筒美京平さんがやったんですね。京平さんからの注文で、今回はフォークソングみたいな詞にしたいから詞を先に書いてくれって言われたんです。五郎のお兄さんの佐藤寛が作曲したんだけど、苦労したと思いますよ。フォークソングをと言われたから言葉が多いし。「あとは頼むよー」って言って渡した(笑)。

──「私鉄沿線」は意外にも詞が先だったんですね。詞先だと詞に合わせた曲になりますけど、先ほどの「学生街の喫茶店」のように、曲先だと作曲者の意図とまったく違う歌詞になる可能性があったわけですね。

山上:ありますね、作曲家が「これは雨の歌だからね」と言われたら、だいたい雨の歌にしますけど、何も言わなければ雨の歌にならないかもしれない(笑)。もう勝手に変えちゃう、好きなように。

──ということは、8割が曲先の山上さんにヒット曲が多いことを考えますと、曲先のほうが良い歌詞が書けるということですね。

山上:僕は曲先のほうが書きやすいんですよ、リズムとか言葉の動きとかをこちらが考えなくていいから。曲が決まっているのでね。岩谷時子さんもそうね、あの人はすべて曲先。

──それは知りませんでした。曲先かどうかをあまり考えたことがなかったので、これは大変勉強になりました。

山上:作曲家は、あまり曲のイメージを伝えるのが得意じゃないんですよ。その曲のイメージをどうやって料理するかは作詞家の領分ですから、勝手にさせてもらいますけど(笑)。だから、どんな歌詞になるのかはできるまで分からない(笑)。そのほうがいいみたい。

──村井さんとはどんな感じでお仕事されていたんですか?

山上:村井さんはね、いつも「詞のほうはガミさんにお任せしますよ」っていう感じで曲をわたしてくれるからやりやすかったですね。ただ、彼の曲に詞をつけるのは音楽的に難しかったけど、いい詞ができますね。

天地真理「恋する夏の日」裏話

──できた歌詞に対して、なにか文句を言ってくるディレクターとかもいたりしたのでしょうか?

山上:ほとんどいないなぁ。文句をいう人の曲はうまくいかないんですよ。昔、天地真理の曲を書いていたときに、「彼女は渡辺プロの白雪姫だ」って言って、汚しちゃいけないから歌詞に男を出さないでくれ、だけど男はいるということにしてくれと。最初の曲は、男を想って雨上りの並木道を一人で歩いているという詞にしました。男は遠いところにいて、いるけど出てこない。次は、バスに乗って男に会いにいくっていう歌詞だから男は出てこない、先のほうにはいるんだけど(笑)。その次に「若葉のささやき」って曲で、若葉が萌えてきて女の子がボーイフレンドを想って一人で歩いている曲にしました。これも男はそばにいない。そうしたら、ファンから葉書がきて「なんで真理ちゃんを歩かせてばっかりいるんだ」と怒られたんです(笑)。

──そんなことでクレームがくるんですね(笑)。

山上:しょうがないから、一番売れた曲ですけど「恋する夏の日」っていう曲では、軽井沢が舞台で、女の子がテニスコートで待ってて、男が自転車に乗ってやってくるという。だから一歩も歩いてないんです、歩くと怒られるから(笑)。

──そんな理由で生まれたんですね、あの「あなたを待つの テニスコート」という歌詞が(笑)。あれは、天地真理さんを歩かせないようにするためにできたんですね。

山上:そうなんです、男性は離れているんですけど、自転車でやってくるから、少しは関係が「前進」しているんですよ(笑)。テニスコートまでわざわざくるんだから。当時の芸能事務所はうるさいんだよな(笑)。

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──でも、そのおかげでヒットしたわけですから、結果的には良かったということですね。

さて、来る5月2日には午前11時から13時まで、ラジオのニッポン放送でGW特別番組「日本のスタンダードソングをつくった男 山上路夫の軌跡」が放送されます。2時間たっぷり、山上路夫さんの作品世界を堪能することができますので、ぜひ多くの方々にお聴きいただきたいと思います。

本日は、直接お聞きしないとわからないお話をたくさんお聞きすることができて本当に勉強になりました。お忙しい中とても楽しく貴重なお話をありがとうございました。

山上:こちらこそ、今日は楽しかったです。ありがとうございました。


【取材を終えて】

今年の8月2日で米寿を迎えるとは思えないほど、50年以上も前の思い出話を次から次へとお話しくださった山上さん。面白いエピソードの連続で、始終笑いの絶えない取材となりました。取材前、3月に発売されたばかりのCD5枚組BOXセット『山上路夫 ソングブック ―翼をください―』に収録されている代表曲のラインナップを見て驚きました。そこには、トワ・エ・モワ「或る日突然」、アグネス・チャン「ひなげしの花」、テレサ・テン「空港」、海原千里・万里「大阪ラプソディー」、ゴダイゴ「ガンダーラ」をはじめ、ドラマ「水戸黄門」の「あゝ人生に涙あり」、アニメ「ベルサイユのばら」のOP「薔薇は美しく散る」、アニメ「小公子セディ」の「ぼくらのセディ」まで、今もスタンダードになっている曲から私が子どもの頃にテレビでよく聴いていた曲まで、本当に名曲と呼ばれる多くの楽曲の作詞を手掛けられていたからです。歌謡曲だろうと、アニメ、CM、ドラマだろうとなんでも書くことができて多くの人々の記憶に残る、これが本当のプロの作詞家の仕事なのだと思い知らされました。偶然にも山上さんと誕生日が同じである私は、山上作品の新作を心待ちにしながら、過去の膨大なスタンダードソングたちを反芻し続けていきたいと思います。5月2日のラジオ特別番組「日本のスタンダードソングをつくった男 山上路夫の軌跡」は、音楽好きであれば必聴です。(MAG2 NEWS編集部 gyouza) 

『山上路夫ソングブック -翼をください-』CD5枚組、ソニー・ミュージックレーベルズ

山上路夫ソングブック -翼をください-

1960年代から現在に至るまで膨大なヒット曲を生み出した作詞家・山上路夫、本人全面協力による初の本格的作品集CD5枚組。もちろんヒット曲を網羅するとともに、レア曲、番組テーマ曲、CM曲にいたるまで山上路夫の全貌を集約いたしました。

発売元 ‏ : ‎ソニー・ミュージックレーベルズ
発売日 ‏ : ‎ 2024/3/13
仕 様 ‏ : ‎CD5枚組(Blu-spec CD2)、三方背BOX入り、全120曲収録、ブックレット全176P
監 修 : 濱田髙志
品 番 : MHCL-30853~7

定価:14,850円(税込)
●ご購入はコチラから

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ビクター・トレジャー・アーカイヴス『山上路夫ビクター・イヤーズ』

シティポップのルーツとも言える昭和の職業作家達の作品集。「いずみたくソングブック」などでお馴染みアンソロジスト・濱田高志によるビクター専属作家の作品集。レコード大賞収録曲他、初CD化音源多数収録。

発売ビクターエンタテインメント
監修:濱田高志
定価:3,520円 CD2枚組
●詳細はコチラから

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ニッポン放送GW特別番組「日本のスタンダードソングをつくった男・山上路夫の軌跡」

日本のスタンダードソングをつくった作詞家・山上路夫の軌跡をたどる特別番組『日本のスタンダードソングをつくった男・山上路夫の軌跡』が、ニッポン放送で5月2日(木)午前11時から放送されます。

1960年代から現在に至るまで、実に60年以上にわたって数多くの“日本のスタンダードソング“を生み出し続けている作詞家・山上路夫。今年3月には集大成ともいえる『山上路夫 ソングブック -翼をください-』が発表され、改めて作品の魅力が話題となっています。

そんな山上路夫の軌跡をたどる特別番組『日本のスタンダードソングをつくった男・山上路夫の軌跡』が、5月2日(木)11時~13時、ニッポン放送で放送されます。

番組ではコラムニスト泉麻人のナビゲートで、山上路夫がさまざまな分野に残した楽曲を紹介しながら、作品が発表された当時の世相や、これまでに山上がタッグを組んだ故・筒美京平や三木たかし、猪俣公章といった作曲家、それに今は亡き朱里エイコや、テレサ・テンといった実力派歌手との仕事も振り返ります。

更に山上路夫本人へのインタビューも紹介。今年米寿(88歳)を迎える作詞家・山上路夫が語る自身の作品への想いや創作秘話は必聴です。

<番組概要>
番組タイトル:ニッポン放送『日本のスタンダードソングをつくった男・山上路夫の軌跡』
放送日時:2024年5月2日(木)11:00~13:00
パーソナリティ:泉麻人、濱田髙志
アシスタント:箱崎みどりアナウンサー(ニッポン放送)
特別出演:山上路夫
コメント出演:大野真澄、亀渕昭信、松井五郎、Myuk、村井邦彦、森山良子、由紀さおり ※五十音順
企画・構成:濱田髙志
●詳細はコチラから

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