「なんで、店の窓があんな風になったのか知っていますか?」
フアン・オルティスさん(20歳)は、急きょ設置された金網フェンスの外から、自身がレジ係として働くスーパーをのぞき込んでいる。3月23日。米国コロラド州ボールダーのスーパー「キング・スーパーズ」銃撃事件から24時間もたっていない。オルティスさんは店の中央にずらりと並ぶ窓が消えた理由を知りたがっている。残されているのは空っぽの窓枠とボロボロの壁だけだ。
普段の午後、スーパーの前を横切るこの歩道にはほとんど人がいない。広い駐車場に出入りする車か、ジョギングする人、徒歩で買い物に来た人がたまに通る程度だ。しかし今日、歩道には人だかりができている。スウェットパンツにビーニー帽姿の高校生が抱き合ったり、フェンスに花を突き刺したりしている。花束を持った近隣住民がジャーナリストやデモ参加者、警察官を無言でよけている。
涙のインタビュー。「strong(強い)」という単語を含むハッシュタグ。「まさかここで、こんなことが」という言葉。怒りのツイート。陰謀論の告発などなど。どれもまるで脚本通りに展開しているかのような光景だ。
コネティカット州ニュータウンのサンディフック小学校、フロリダ州オーランドのナイトクラブ「パルス」、ペンシルベニア州ピッツバーグのシナゴーグ「ツリー・オブ・ライフ」、テキサス州エルパソのウォルマート。そして、ここボールダー。まるで銃乱射事件のエチケットを学ぶクラスのように、また事件は起こった。
筆者(ボールダー在住のエリン・ブレイクモア氏)は、人混みの中にいる記者の一人として、生存者や哀悼者にインタビューし、米国でまた起きた銃乱射事件の現場を取材した。ただし、今回ばかりは、客観的な立場を貫くことに苦労している。銃撃事件が起きたのは、筆者が住む近所のスーパーだからだ。
オルティスさんは筆者を知らないが、筆者はオルティスさんを覚えている。サウスボールダーのキング・スーパーズで働く人は全員知っている。キング・スーパーズの従業員は皆、たとえパンデミックのさなかでも、陽気で冷静だ。レジ係は「ビーチ大好き」、「勤続23年」などと書かれたバッジを付けており、とても背が高い薬局の従業員のバッジには「身長2メートル」と書かれている。
筆者は特にのんびりした平日の午後、「私の」スーパーを楽しんでいた。入り口で安売りされている花から店の奥に置かれた牛乳まで、見慣れたレイアウトには心地良い普通さがある。
22日、それが一瞬で変わってしまった。半自動拳銃とアサルトライフルを持った男が店にいた10人を殺害したのだ。犠牲者は20〜65歳で、店員3人、インスタカートのショッパー1人、警察官1人、新型コロナウイルスのワクチン接種を受けるため列に並んでいた1人を含む。警察によれば、最初の発砲は午後2時40分ごろ。夕食の材料を買ったり、処方箋を並ばずに受け取ったりするため、筆者がよく店に立ち寄る時間帯だ。
動機はまだ明らかになっていないが、隣の市に住む21歳の男が現場で逮捕された。事件の10日前、州裁判所がボールダー市の攻撃用銃器禁止令を解除したばかりだった。この禁止令は2018年にフロリダ州パークランドで銃乱射事件が起きた直後、市議会で可決されたものだ。(参考記事:「ユダヤ礼拝所乱射事件、憎悪の犠牲者を悼む街 写真18点」)
おすすめ関連書籍
米国内で発表された優れた報道・作品に授けられる「ピュリツァー賞」。時代を映す報道写真集の決定版に、2015年までの最新受賞写真を加えた改定版。
定価:4,290円(税込)