EG.5と呼ばれる新たな変異株のせいで、米国では入院する患者が増えており、人々は新型コロナへの対応の見直しを迫られている。
パンデミックの間、人々はずっとコロナのリスクについて考えさせられてきた。そして、感染を予防するために何をすべきかという結論は人によってまちまちだった。ワクチンをすべて打ち、マスクを欠かさなかった人もいれば、ある程度予防策を取り入れた人も、それらをすべて無視した人もいた。
しかし、大小さまざまな脅威にあふれるこの世界においては、人は簡単に危険を見誤り、見過ごし、あるいは意見を違えてしまう。「人によってリスクのとらえ方が異なるというだけでなく、同じ人でも、あるリスクと別のリスクに対してまったく異なる反応をするのです」。リスクを研究する米オレゴン大学の心理学者ポール・スロビック氏はそう述べている。
どういう行動にどれだけのリスクがあるのかを判断するのは、絶えず認知を試されることだと、米コーネル大学行動経済学・意思決定研究センターの共同代表バレリー・レイナ氏は言う。「よくわからない、まだ起こっていないことを、状況の変化に応じて自分なりに精一杯推測して判断する。これは相当に難しいことです」
人間はなぜリスクの評価に苦労するのか、脳はリスクに対してどのように反応するのか、そしていまだに新たな感染の波が現れるような状況の下で、個々人のリスク評価の立ち位置はどのように変化しているのだろうか。人々の行動を大きく左右する、新型コロナのリスク評価の心理的側面について、科学的な知見をもとに解説する。
基本的な心理プロセスは直感と分析
まず、一部の研究者は、人間のリスク評価と意思決定にはふたつの方法があると考えている。ひとつは反射的かつ感情的なプロセス(経験的思考あるいは直感的思考とも呼ばれる)、そしてもう一つはゆっくりとした、より分析的なモードだ。
「大半の場合、われわれは経験的なシステムで反応します」とスロビック氏は言う。人はこれら両方のプロセスを使えるにもかかわらず、「人間の脳は怠惰で、複雑な状況に簡単な方法、つまり感情で対処できると思うと、そちらのやり方を選んでしまうのです」
これが悪いわけではない。分析的モードには時間がかかるとスロビック氏は言う。そうした思考は「重要かつ強力ですが、実行するのは大変です」。そのため、人はリスクをすばやく評価するように進化した。獲物を探すライオンから走って逃げるか、それとも立ち向かって戦うかについて、じっくりと考えている暇はないからだ。
「285の平方根を計算しようとしたことがある人なら、じっくり考えるというのがどんな感じがするものなのかわかるのではないでしょうか」と米ミシガン州立大学のコミュニケーション神経科学者ラルフ・シュメルツル氏は言う。熟考は「作業記憶のリソースを大量に消費する」のに対し、直感は瞬時に答えにたどり着く。
そして、直感は概ねうまく機能する。直感を使うことで「われわれは管理し、生き残り、次の年を、さらには次の20年を乗り切ることができます」とスロビック氏は言う。「危険に満ちた複雑な世界の中で、まあまあうまくやっていけるのです」。とは言え、と氏は釘を刺す。「ときにはひどい間違いを犯すこともあります」
脅威にすぐに反応する脳
シュメルツル氏は、豚インフルエンザH1N1のパンデミック(世界的大流行)に際して、マスメディアの報道がリスクの認知に与える影響を調査し、2013年に学術誌「Journal of Neuroscience」に発表した。
ドイツ、コンスタンツ大学の同僚とともに、氏はまず約130人にリスクに関連するさまざまな質問をして、H1N1をリスクとみなす人たちと、そうはみなさない人たちの2つのグループに分けた。
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