第152回 怖がらなくて大丈夫、毒蝶を育ててみた
モンテベルデの森はにぎやかだ。風の音、木々が揺れる音、鳥たちやセミの声がフォウフォウ、ジーと遠くから聞こえてくる。
でも、そこに鮮やかなチョウの仲間「ドクチョウ」が現れると、ぼくは一瞬にして「音のない視覚だけの世界」へスリップしたような感覚になる。刺激的なオレンジ色の翅を悠々とはためかせて飛ぶその姿に、すっかり圧倒され魅了されてしまうのだ。
今回は、そんなドクチョウの1種で、モンテベルデの家の周りにすむヘリコニウス・クリソニムス・モンタヌス(Heliconius clysonymus montanus)の生活を紹介しよう。ぼくは最近、生態がまだ詳しく記録されていないこのドクチョウを、卵から育てることにした。(最後には今週のピソちゃんと第150回で紹介したハバチの成虫もどうぞ!)
ドクチョウは早起きでグルメ
森を訪問されているかたたちと一緒に林道を歩いていると、ヒラヒラッとドクチョウが現れることがある。
「あれはドクチョウです」とぼくが言うと、「えっ!毒なんですか?」と一気に緊張が走る。そんなときは「食べない限り大丈夫」と説明することにしている。実際、人が触ってもまったく平気。体内に鳥などが「美味しくない」と感じる成分をもっているだけだ。
ドクチョウはこの「毒成分」のおかげで基本、捕食動物たちの獲物の対象から外れている。だからこそ、鮮やかな翅の模様でその「毒性」をアピールしつつ、ヒラヒラと余裕をもって飛ぶことができるのである。
コスタリカには約30種のドクチョウの仲間が生息していて、そのうちの約20種がモンテベルデで確認されている。ヘリコニウス・クリソニムス・モンタヌス(以下、モンタヌス)は、コスタリカとパナマの雲霧林、標高約800~1800メートルに分布する。ドクチョウ属(Heliconius)の中でも比較的標高の高いところまで生息している種だ。
モンタヌスの朝は早い。たいていのチョウは朝9時ごろから飛び始めるが、モンタヌスは気温がそれほど上がらない7時ごろにも見かける。花から花へと移り渡っていく姿を観察していると、決まった食事コースがあるようにも見えてくる。
モンタヌスが訪れる花は、キク科、アカネ科、イワタバコ科、クマツヅラ科、ラン科とさまざまなグループにまたがるが、花の色はどれもオレンジ色。翅のオレンジ色と何か関係があるのかもしれない。
ドクチョウの特徴のひとつが、その食事にある。一般的なチョウのように花の蜜を吸うだけでなく、なんと花粉も食べるのだ! ただし、食べると言っても、チョウにはアゴや歯はない。どうやって食べるのかと言うと、まずストローのような口(口吻)の中央から根もと辺りに花粉をつけ、ストローを丸めたり伸ばしたりしながら唾液酵素を出すことで、少しずつ吸収するという。